端境期は特番ばっかりで、最近はテレビも見るものがほとんどないね。まあ、いつに限らず、ろくなテレビ番組はないんだけど。この四半期のドラマもほとんどはずればかりだった。篠原涼子の「アンフェア」がそこそこおもしろかったぐらいか。といっても、3段落ちで、なんとか視聴者の興味を引っ張ったというだけの、独創性のかけらもないドラマだったけど。2段目ぐらいまではまあいいとして(濱田マリが犯人だというのはバレバレだったが。コートを着て顔も隠し、声まで変えているのを見れば女だとすぐにわかってしまう。あれはダリオ・アルジェントの常套手段)、真犯人の設定には無理がありすぎ。寺島進とか西島秀俊とか、助演ががんばってたので、なんとかもってたけど。
最近は、こういうふうにくるくる展開が変わる「ノン・ストップ」なストーリーでないと、馬鹿な視聴者はすぐに飽きてしまうらしい。もっとも、どんでん返しばかりやってれば受けるというわけではないことは、チェ・ジウ主演の「輪舞曲」の惨憺たるできを見ればわかる(視聴率もだだ下がりだったらしい。視聴者はそうも馬鹿ではないということ、か)。その意味では、「アンフェア」はまあ健闘していたと言っていい。「24」スタイルものがこれからの主流になるんですかね。
テレビだけならいいんだけど、困ったことに、近頃は映画もこの手のものがふえている。かっこよくいえばポスト・モダンということなんだけど(「アンフェア」の原作のタイトルは『推理小説』。なるほど。「推理小説の終焉」ですか)。観客が物語の定型に気づいちゃって、先を読んじゃうから、とにかくその裏をかくことばかり考えて、それ以外のことには頭が回らなくなってるんじゃないかな。わたしはゴダールやストローブや吉田喜重と同じく、モダンな人間なので、もうこういうのはいいです。
なんだかんだいいつつ、一日中テレビをつけっぱなしにしている毎日。