明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

吸血鬼は虫歯の夢を見るか?


最近、歯医者に通い始めた。最後に歯医者に行ったのなんて十年以上前だ。そのあいだにすっかり様変わりしてしまったのだろうか。むかし持っていたイメージとはずいぶん違っていたので驚いた。むかしのハリウッド映画、ラオール・ウォルシュの『いちごブロンド』などを見ていると、歯医者の表看板にでっかい歯のレプリカが使われている場面がよく出てきたものだが、今の歯医者にはあんな下品な看板は考えられない。わたしが言った歯医者では、おしゃれな喫茶店のようなフロアリングのフロアに、絶えずポップミュージックが流れつづけていた。椅子の配置にも気が配ってあって、互いに背中合わせになるように並べてあり、他の患者の姿が見えないような空間設計になっている。その上、担当の歯科医はいつもわたしが座っている椅子の背後に立つので、医者と向かい合う時間も少ない。

麻酔をかけるあいだ、「大丈夫ですか」としつこいぐらい聞いてくるのも、医療ミスなど、もしものケースを設定してのことだろうか。全体的に行き届いていて、快適といえば快適なのだが、すべてがマニュアル化されているといった印象は否定できない。そこはあちこちにチェーン店のある歯医者だったので、余計そういう印象を受けたのかもしれないが、他の歯医者でも似たような感じなのだろうか。

今回は、長年ほったらかしにしていた虫歯が最近やたらとうずき始めたので、仕方なしに行くことを決心したのだった。虫歯はかなり進行していて、かなりやばい状態になっていた。担当の歯科医は、できるだけ抜かない方向で行きますが、かなり深いところまで蝕まれているので、抜かざるを得なくなるかもしれないといっていた。ついでに歯垢も取ってもらった。これもかなりひどい状態になっていたらしい。数年前から、なにもしていないのに吐くと唾液に血が混じっているという状態が続いていたのだが、どうやら歯についた歯垢のせいで歯茎が弱ってやせ細ってしまっていたようだ。歯垢を取って時間をかけてケアすれば歯茎は徐々に健康を取り戻すとのこと。

しかし、この歯垢の除去というのがあまり気持ちのいいものではない。先のとがった器具で歯垢ガリガリ取ってゆくのだが、時々丸太をチェーンソーで切っているようなキーンという甲高い音がして、別に痛くはないのだが非常に気持ちが悪い。後でうがいをしたときに、どっと流れ出る血を見ると、できれば気絶したくなるくらいだ。特に三日目に、いつもの担当とは違う女医に歯垢を取ってもらった日はひどかった(その女医もいつも背後に立つので、女だということが分かっただけで、顔はほとんど見ていない)。家に帰って寝る前に鏡を見たら、前歯に血の塊がついていて、歯磨きでこすってもなかなか落ちなかった。血というのは固まるとこんなに硬くなるものかとはじめて知った。毎日たくさんの血を吸っている吸血鬼は、よほど念入りに歯を磨かないとダメに違いない。吸血鬼というのは歯で血を吸っているわけだから(映画なんかで吸血鬼にかまれた犠牲者の首筋には、二本の歯の痕しか残っていないから、吸血鬼は歯に開いた穴からストロー式に血を吸い上げているはずだ)、その歯の穴が詰まってしまえば、文字通り死活問題である。しかし、吸血鬼が歯を磨いているところは見たことないし、吸血鬼の歯医者というのも寡聞にして知らない。不思議な話だ。

谷崎潤一郎の短編に「病褥の幻想」という、歯痛で苦しむ男を描いた話がある。痛みにのた打ち回っていた男が、その痛みが頂点に達したときに、周りがぐらぐらとゆれだし、なんだこれはと思っていたら大地震だったという傑作だ。久しぶりに読み返してみようと思った。