噂の若冲を京都国立近代美術館に見に行く。西洋絵画についてはかなり詳しい方だと思うのだが、正直いって、わたしには江戸絵画のことはまるでわからない。三隅研次の『大菩薩峠』などを見ながら、だれが描いたのか知らないがこのデコールに使われているカラスの襖絵は雷蔵の虚無的なシルエットにとてもよく似合っているなどと思ったりすることがあるくらいで、それが本物の江戸の襖絵なのか、映画用に描かれた背景なのかも区別がつかない。まあその程度である。
だからこういう日本の伝統絵画の展覧会もほとんど行ったことがないのだが、若冲といえば最近なにかと話題であり、人気のある画家である。やっぱり一応見に行っておかなければと、最初は通りをはさんで向かいの美術館で開催中のルーブルの彫刻展を見に行く予定だったのを急遽変更してこっちに決めたのだった。
この展覧会では江戸絵画の個人コレクターであるジョー・プライスのコレクションのなかから109点が紹介されている。円山応挙、歌川国貞など、わたしでも知っているような有名な画家たちの作品もあるが、やはり若冲の作品がメインだろう。そのなかでもとりわけ「鳥獣花木図屏風」がひときわ異彩を放っていて目をひく。知らずに見ればこれが200年前に描かれた絵だとはとても信じられない。方眼のマス目を埋めていく「枡目描」(ますめがき)と呼ばれる技法で描かれていて、デザインのように単純化されたフォルムとカラフルな色彩で描かれた動物や植物が一面を埋め尽くしている。いま都市の地下鉄の構内にこの絵が描かれていたとしてもなんの違和感もないだろう。デフォルメされた鶴の姿を連続して並べた「鶴図屏風」もいい。ここでの鶴はほとんど一筆書きによって描かれた楕円にまで還元されており、それが横一線に並べられることで楽しいリズムを生んでいる。
この展覧会では若冲の作品以外にもたくさんの動物画が見られる。虎を描いたいわゆる「猛虎図」が一番多いのだが、ほかにも鶴や猿などさまざまな動物たちが集められている。応挙の弟子である長沢盧雪による「白象黒牛図屏風」は、大胆な構図でひときわ目立っていた。若冲による鶏の絵もかっこいい。小さいころうちでは鶏を飼っていて、祖父がときおり家の前の川(というか用水路)に鶏をつるしてその首を切り、羽をはがして食用肉に変えるのを見ていたものだ。鶏といえば、そんな思い出とともにブニュエルの映画やモンテ・ヘルマンの『コックファイター』などが思い浮かんでくるのだが、若冲を見るまで鶏がこんなにかっこいいとは思わなかった。
そういえば、田中登の『(秘)色情めす市場』も鶏の映画だったことを思い出す。