明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。





























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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

You can be had〜メイ・ウェストとケイリー・グラント

Lady Lou: You know, I always did like a man in a uniform. That one fits you grand. Why don’t you come up sometime and see me…I’m home every evening.

Captain Cummings: I’m busy every evening.

Lady Lou: Busy? So what are you trying to do, insult me?

Captain Cummings: Why no! Not at all. I’m just busy, that’s all. You see, we’re holding meetings in Jacobsen’s Hall every evening. Anytime you have a moment to spare, I’d be glad to have you drop in. You’re more than welcome.

Lady Lou: I heard you. But you ain’t kidding me any. You know, I’ve met your kind before. Why don’t you come up sometime, huh?

Captain Cummings: Well, I…

Lady Lou: Don’t be afraid, I won’t tell. Come up, I’ll tell your fortune. Aw, you can be had.


メイ・ウェスト主演の映画『わたしは別よ』She Done Him Wrong(33)の一場面である。メイ・ウェスト演じる悪徳酒場の女レディ・ルーが、心を寄せている救世軍の男カミングスを、彼が覆面警官であることも知らずに誘惑しようとするところだ。日本ではほとんど忘れられている作品だが、アメリカではメイ・ウェストの名台詞とともに長らく記憶されている作品である。

14歳の時にミュージック・ホールでデビューし、やがてブロードウェイの舞台に立つようになったメイは、26年、水夫相手に春をひさぐ売春宿の娼婦たちを、下層階級の言葉や隠語を交えて描いた『セックス』と題する自作の劇の大ヒットによって一躍有名になると同時に、風紀を乱すという理由で警察に目をつけられるようになる。翌年、ついには、当局の手によって芝居は打ちきられ、ほかの俳優たちとともにメイは逮捕、拘留されることになるのだが、釈放されるとすぐに、今度はホモセクシャルをテーマにした芝居『ドラッグ』を書いて上演するというふてぶてしさだった。

こんな話題性のある女優にハリウッドが目をつけないわけがない。32年、パラマウントが多額の契約金で彼女と契約を結ぶ。『わたしは別よ』は、ブロードウェイでの彼女のヒット作『ダイヤモンド・リル』を映画に脚色したものだ。すでにヘイズ・コードは発令されていた。ヘイズ・オフィスはメイの芝居の多くの映画化を「道徳的見地」から禁止していた。『ダイヤモンド・リル』も、タイトルとヒロインの名前を別のものに変えるという条件で、ようやく映画化が許可されたといわれる。メイがパラマウントにはいって撮ったわずか数本目の映画だったが、これが大ヒットし、おかげでパラマウントは経済的な窮地から救われることになったという。

この映画は、アメリカ映画協会 AFI(American Film Institute)の映画関係者ら1500人の委員が選んだコメディー映画ベスト100 の 75 位に選ばれており、上に引用した場面でのメイ・ウェストのセリフ、"Why don’t you come up sometime and see me…" というセリフは、同じ AFI によるアメリカ映画名セリフベスト100 の 26 位に選ばれている(ある作品をめぐる日本とアメリカでの評価の違いをたまには認識するのもいい)。この回りくどい誘い文句は、ヘイズ・コードゆえに生まれた名ゼリフといっていいだろう。コードの存在が、逆説的にも、微妙で繊細きわまるセリフを生み出したのだ。

メイはたんに挑発的なだけの肉体女優ではなく、非情に頭のいい女優でもあった。『わたしは別よ』のセリフはほとんどすべて彼女によって書かれたものである。検閲を免れるために、彼女は二重の意味を持ったセリフを映画のあちこちにちりばめた。明らかに性的なコノテーションをふくんでいるセリフも、一見普通の意味に解釈されるように書かれており、ヘイズ・オフィスはそれを通すしかなかった。

たとえばこんなセリフ。

"Is that a gun in your pocket, or are you just happy to see me?"

アメリカでは、先ほど引用した"Why don’t you come up sometime and see me…"がいちばん有名なのだが、フランスではなぜかこの映画は、この"Is that a gun in your pocket, or are you just happy to see me?" というセリフとともに知られている。"gun" という単語が俗流フロイト的な連想をさせるところがフランス人には受けたのだろうか。フランス人も案外単純である。

それはともかく、わたしが気になったのは、冒頭のダイアローグの最後でメイがいう "you can be had" というセリフだ。これはどういう意味なんだろうか。これもまたこの映画で有名になったセリフのひとつであり、翌々年にサム・ニューフェルドによって『You Can Be Had』という映画が撮られているのは、おそらくこの映画のヒットを受けてのことだろう。

この "you can be had" というセリフもヘイズ・オフィスによって削除されかかったという記述があることからも、ここに性的な意味合いが込められていることは明らかである。たしかに、辞書には「異性を性的にものにする」という意味が have にはあると書いてあるのだが、この場合はふつう受動態にはならないようだ。イレギュラーな表現なのだろうか。この言い回しがごくふつうに使われるものなのか、正直いってわたしにはよくわからない。しかし、google での検索ヒット数もそれほど多くないし、その大半がこの映画がらみであることから見て、それほどポピュラーな言い回しではないような気がする。

いずれにせよ、ここでは、女が男に向かって、 "you can be had" といっていること、つまり男のほうが "be had" されるという受け身の状態になっているというのが、このセリフのポイントではないかと思う。つまり、女が男に向かって、「あなたはわたしのものになってもいいのよ」といっているわけである。そして、ここでその受け身の対象になって、メイ・ウェストの誘いを受けている男性が、ほかならぬケイリー・グラントなのだ。『わたしは別よ』はケイリー・グラントにとってもそのキャリアの節目となる重要な作品だった。

ポーリン・ケイルはその有名なケイリー・グラント論「The Man from Dream City」をこう書き始めている。

You can be had, Mae West said to Cary Grant in She Done Hime Wrong, which opened in January, 1933, and that was what the women stars of most of his greatest hits were saying to him for thirty years, as he backed away -- but not too far. One after another, the great ladies courted him [...].

そして、ポーリン・ケイルは、映画のなかでケイリー・グラントに言い寄った女たちをつぎつぎに挙げてゆく。"Cary Grant must be the most publicly seduced male the world has known".

クラーク・ゲイブルのように、粗野な言葉で女にあからさまに言い寄る攻撃的な男とはまったく対照的な男優が、ケイリー・グラントだというわけだ。そして、それを象徴するセリフが、女たちが彼にいう "you can be had" という言葉だとポーリン・ケイルはいっているのである。

ところで、このセリフは、山田宏一監修によるポーリン・ケイル映画評論集『明かりが消えて映画がはじまる』のなかでは次のように訳されている。

「あんたはいつまでいてもいいの。わたしのことを好きにしていいのよ」

たった4語のセリフがなんとも長いセリフになったものだ。それほど、メイ・ウェストが書いたセリフにはポテンシャルがあり、強い緊張感がみなぎっているということなのだろう。たしかに、内容的には女はこんな意味のことをいわんとしているようだ。しかし、こういうふうに訳されてしまうと、英語にある受動態のニュアンスが完全に消えてしまう。わたしにはそれこそがこのセリフのミソだと思うのだが、どうなのだろう。まあ、それ以前に、この訳をそのまま使えば、確実にヘイズ・オフィスは許さなかっただろうが・・・*1

*1:直前に、"I'll tell your fortune" 「運勢を占ってあげる」といっているところを考えれば、"You can be had" は、字義通りには、「だまされるかもしれない」という意味に解釈できそうだ("be had" は「ペテンにかかる」という意味ではよく使われる表現である)。もっとも、実をいうと、わたしはこの映画を見ていないので、この場面のニュアンスがまるでわかっていない。日本で公開されたときにはどう訳されたのだろうか。気になるところだ。いまとなっては確かめようがないが。