明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

『ピーター・セラーズのマ☆ウ☆ス』


一言でいうなら、戦争風刺映画ということになるだろう。50年代の終わりに撮られた映画だが、いま見ても斬新な物語にまず驚かされる。『我輩はカモである』や『博士の異常な愛情』、『M.A.S.H』といった戦争風刺コメディのひとつ、その隠れた名作といっていい。


ヨーロッパにある豆粒ほどの小さな国が、ワインの輸出をめぐってアメリカに戦争を仕掛ける。むろん、大国アメリカに武力で勝てるわけはない。はなから負けるつもりの戦争なのだ。第二次大戦後、ドイツやとくに日本といった敗戦国が、アメリカの援助を受けて経済的発展を遂げたのにならって、自分たちも経済的な援助を受けようというわけだ。だから、送り込まれる部隊(といってもわずか数名なのだが)はすぐに負けて帰ってくるというのが、最初の計画だった。だから、ピーター・セラーズ扮する一見頼りない隊長が部隊の指揮を任せられたのである。ところが、彼らがアメリカに到着すると、ニューヨークにはなぜか人の気配がない。なんたる偶然か、その日は、A-Bomb ならぬ D-Bomb の実験がおこなわれ、ニューヨークの住民たちはみなよそに隠れてしまっていたのである。ピーター・セラーズ率いる部隊は、その D-Bomb をそれを作った博士とその娘ともども手に入れてしまう。そしてたまたま通りかかった軍人数名とともに自国につれて帰る。要は、負けるはずの戦争に、勝ってしまったのだ。しかし、この戦争をお膳立てしたお歴々たちは、この予期せぬ勝利に困惑する。それもそのはず、彼らはアメリカという大国を敵に回しただけでなく、世界を破壊することのできるほどの危険な力を手にしてしまったのだから・・・


例によって、ピーター・セラーズは一人3役の活躍(そのうちの一人は女公爵かなにか)。もっとも、いつもと比べると押さえ気味の演技といってもいいかもしれない。爆弾を開発した博士の娘役にジーン・セバーグが出ている。彼女はこの直後に『勝手にしやがれ』に出演することになるのだが、フィリップ・ガレルやロマン・ギャリら、フランスのインテリたちを魅了した暗いミューズの面影はここにはみじんもない。入浴シーンもあったりして、健康的なお色気を披露してくれている。結局、ゴダールに見初められさえしなければ、あんな悲惨な死に方をしなくてすんだのかもしれない。

ピーター・セラーズが出ているからいうのではないが、『博士の異常な愛情』のルーツは案外これかもしれない、などと思ってみたりする。『縮みゆく人間』にも放射能らしきものが描かれていた。ここで風刺されているのは明らかに核の脅威だ。当時の社会情勢を知っていれば、もっと具体的な風刺の対象がわかるのかもしれない。しかし、そんなことがわからなくても、この物語はいまでも十分通用する。最近は、この手の映画をほとんど見かけなくなった。とくに9/11以後、アメリカではこういう映画が作りづらくなっているような気がする。大胆な風刺は、エリア・スレイマン『D.I.』など、むしろアメリカ以外の国の映画に受け継がれているようだ。