訳あって、戦争映画のことを調べている。
まずは図書館で調べてみたのだが、役に立ちそうな日本語の文献はほとんどなかった。まあ、最初からわかっていたけれど。武器オタクが書いた本とか、「映画で読み解く現代史」とかいったたぐいの本ばかりで、戦争映画を戦争映画として扱ったものは皆無。しかし、このジャンルに関しては、海外でもこれといった本は思い当たらない。フィルム・ノワールやホラー、ミュージカルといったジャンルなどとくらべると、戦争映画を(何かのだしに使うのではなく)正面切って論じた本はあまり多くないようだ。
ほかのジャンルとくらべて、現実の歴史との関わり方が生々しいところがこのジャンルの特徴といえる。そこから映画と現実、映画と歴史といった問題が出てくる。ヴィリリオの『戦争と映画』などはそうした文脈で非常に興味深い本だが、これを戦争映画論として読むのはちょっと苦しい。映画と歴史ということでは、ジャン・ミシェル・フロドンの『映画と国民国家』のなかでもたびたび引用されているマルク・フェロの『映画と歴史』などが、戦争映画を大きく取り上げていて興味深い本である(英訳も出ている)。しかし、戦争映画が「映画と歴史」というテーマだけに還元できるものではないことはいうまでもない。この分野ではまだ決定的といえる書物は現れていないのだろうか。
ところで、この問題を調べていて『映画と写真は都市をどう描いたか』(高橋世織 編著)という本を見つけた。まあ、タイトルの通りの本なのだが、執筆者がなかなか豪華だ。高橋世織による論考をはじめとして、蓮實重彦「無声映画と都市表象─帽子の時代─」、黒沢清「映画のなかの都市の記憶」、さらには港千尋、吉増剛造などによる読み応えのある文章が集められている。
フランスで、ティエリー・ジュスが編纂した『La ville au cinéma』(「映画における都市」)という本が出版されていて、これは映画と都市の関係を論じた百科事典とでもいえる大著で、値段もバカにならなかったのだが、少し前に思い切って買ってしまった。分厚い本だが、事典のようになっているので、どこからでも好きなところをゆっくりと読めるようになっている。この本のなかに、さまざまな都市ごとに映画との関わりを論じた部分があり、そこに蓮實重彦が京都について書いた文章も収められている。『映画と写真は都市をどう描いたか』に蓮實が書いている文章はその日本語版かと最初思ったのだが、全然関係がなかった。こっちはどこかでした講演を転載したもののようだ。すでに講演を聴いて内容をご存じのかたもいるかもしれない。
この『映画と写真は都市をどう描いたか』は、ウェッジというよく知らない出版社の「ウェッジ選書」の一冊として出版されている。なかなか面白い本なのに、弱小出版社のせいか、本屋ではあまり目立たない置かれかたをされているようだ(推定)。気づいていない人もいるかもしれないので、紹介しておいた。値段も安いので、関心がある人は買っておいて損はないだろう。