マリオ・バーヴァ『血みどろの入江』
この作品には、イタリアン・ホラーの例に漏れず、英語タイトルだけでも「A BAY OF BLOOD」、「TWITCH OF THE DEATH NERVE」、「LAST HOUSE ON THE LEFT, PART II」、「THE ECOLOGY OF THE CRIME」など、無数の別名がある。タイトルがちがうと、微妙にヴァージョンもちがうのだろうか。謎だ。(ちなみに、「LAST HOUSE ON THE LEFT」は、ウェス・クレイヴンが、ベルイマンの『処女の泉』から宗教的なテーマを抜きさってモダン・ホラーとしてリメイクした『鮮血の美学』の原題だが、この二つの作品のあいだにはなんの関係もないし、作られたのも『鮮血の美学』のほうが後。有名な話だが、ダリオ・アルジェントの『サスペリア PART2』も日本で勝手につけられたタイトルで、『サスペリア』とはまったく関係がないし、そもそも『サスペリア2』のほうが『サスペリア』よりも先に撮られている。とくに世の中に迷惑はかけていないが、映画の世界にはコムスンやミートホープの社長のようなうさんくさい連中がうようよしていて、こういう嘘を平気でついているということだ。)
『血みどろの入江』は、マリオ・バーヴァとしては、ミステリー色の強い『モデル連続殺人!』などの系列に属する作品。というより、『13日の金曜日』の走りとでもいえる作品といったほうが端的でわかりやすいだろうか。
冒頭、いきなり老婦人が何者かに絞め殺されるところからはじまり、あれよあれよという間に死体の山が築かれてゆく。莫大な遺産をめぐる殺意の応酬という点では、前にふれた『ファイブ・バンボーレ』の姉妹編といいたくなるほど、よく似た物語である。ただ、『ファイブ・バンボーレ』が『ハリーの災難』を思い出させるブラック・ユーモアに終始徹していたとするなら、こちらはユーモアを極力排して真っ正面から観客を怖がらせようとしている。斧を顔面に突き刺す、銛で体を刺し貫く(黒沢清いうところの串刺し)など、当時としては残酷きわまる殺し方だったと思うが、スプラッター・ホラーの一大ブームを見てしまったいまとなっては、さしたるインパクトはない。ここでは、殺し方よりもむしろ、死体の見せ方のほうが印象的だ。ボートを覆っていた布をめくると現れる、蛸にからみつかれた水ぶくれの水死体。薄暗い部屋の鏡の表面に映し出されるおびただしい死体の山。マリオ・バーヴァは人を殺すときよりも、死体を見せるときのほうがずっと冴えている。『ファイブ・バンボーレ』でも、死人が出るたびに、冷凍貯蔵室の肉と一緒に次々とつり下げられてゆく死体が、不気味でもあり、またユーモラスでもあった。
『ファイブ・バンボーレ』のほうが話は凝っていたが、その分わかりにくかったともいえる。ミステリー系列のマリオ・バーヴァ作品のなかでは、これがいちばんストレートに楽しめる作品かもしれない。