明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ウィリアム・キーリー『情無用の街』

『情無用の街』The Street with No Name


ウィリアム・キーリーは日本ではほとんど忘れ去られた監督だといっていい。そもそも一度でも作家として評価されたことがあったのかどうかも疑問である。本国アメリカでもそれほど評価が高かったとは思えない。アンドリュー・サリスの『The American Cinema』にはキーリーの名前すら見あたらないのをみても、そのことは伺える。しかし、『暗黒街の顔役』や『犯罪王リコ』などのギャングを描いた犯罪映画が全盛の30年代に、それを追う側のものたちを描いた『Gメン』でこのジャンルに新風を吹き込み、その後も、エドワード・G・ロビンソンハンフリー・ボガートの共演による『弾丸か投票か!』や、ジェームズ・キャグニージョージ・ラフトが共演した『我れ暁に死す』など、ギャング映画の佳作を次々と撮り上げたこの「ワーナーのスタイルをもっとも代表する作家」(ジャン・テュラール)を、そう簡単に忘れるべきではないだろう。


ウィリアム・キーリーのギャング映画以外の代表作がマイケル・カーティスとの共作『ロビン・フッドの冒険』だとするなら、ギャング映画の代表作といわれているのがこの『情無用の街』である。映画の雰囲気は、アンソニー・マンの初期のフィルム・ノワール『T-Men』などと同じものであり、セミ・ドキュメンタリータッチの先駆的作品のひとつということができる。ここではGメンならぬFBIの犯罪捜査が、ドキュメントフィルムを思わせるようなタッチで描かれてゆく。FBIを描いた映画としても先駆け的な作品である。(『ロビン・フッドの冒険』については、山田宏一『何が映画を走らせるのか?』を参照。)

一方で、この作品は、サミュエル・フラーの『東京暗黒街・竹の家』などを経て、『インファナル・アフェア』にいたるおとり捜査ものの古典的作品でもある。実をいうと、『東京暗黒街・竹の家』はこの作品の舞台を戦後の東京に置き換えたリメイクなのだ(その意味でも、もう少し注目されていいところだろう)。この映画を見ているときはそのことを知らなかったのだが、映画を見ながらフラーのこの作品のことを何度も思い浮かべたのは本当だ。だが、『東京暗黒街・竹の家』が『情無用の街』のリメイクだと知ったときは、本当に驚いた。まるで似ていないのだ。フラー作品のバロックぶりにくらべてしまうと、たしかにキーリーの作品は見劣りしてしまうだろう。しかし、フラーとくらべるのは酷というものだ。フラーとくらべて見劣りのしない作家などそうはいないのだから。

『情無用の街』が犯罪映画史上にしめる重要性はだいたいそんなところである。しかし、そんなことは実はどうだっていい。この映画の魅力の半分は、ギャングのボスを演じるリチャード・ウィドマークの圧倒的な存在感に負っているのだ。冷酷かつ狡知に長けた暗黒街のボス(ウィドマーク)と、マーク・スティーヴンス演じるFBIの潜入エージェントとのあいだに、特別な友情や、ホモセクシャルと見なされても不思議ではない関係が生まれるわけではない。おとり捜査ものとしてはあっさりとしていて、少しドラマ性に欠けると思う人もいるかもしれない。だが、それだけにいっそう、ウィドマークがときおり浮かべるあの不思議な微笑が、その空虚さゆえにわたしを惹きつけてやまないのである。


キーリーが撮った数少ない西部劇、『勇魂よ永遠に』では、エロール・フリン率いる隊がインディアンによって全滅させられる様が描かれるという。一部では評価が高い作品なので、これも機会があれば見てみたい。

(『情無用の街』は 500円 DVD でも出ているが、画質がちょっとひどい。どういうソースを使ってどういう作り方をしたのか知らないが、前半の40分ほどがブロック・ノイズだらけで、見てられないほどだ。なぜか後半はまずまずの画質に戻るのが、さらに解せない。パッケージには例によって、「この作品は製作されて50年以上経過しているため、原盤のフィルムの状態によっては見づらい部分、聞きづらい部分のあることをあらかじめご了承ください。」とあるが、こんなのはクレーム封じのためのいいわけにすぎない。少なくともこの DVD に関しては、問題は元のフィルムの状態ではなく、DVD の作り方にあると思う。何なら、その原盤とやらを見せてみろといいたい。わたしは、ここでリンクを張っておいた20世紀フォックスの DVD のほうを見ていないから、どっちのほうが画質がいいか断言はできないが、どうしても安く手にいれたいという人以外は、20世紀フォックス版を買っておいたほうが正解だろう。)