イングマール・ベルイマン監督が亡くなったことを、今朝のニュースで知る。
フランスの俳優、ミシェル・セローも昨日亡くなった。出演作品は数多いが、『検察官レイプ殺人事件』や『死への逃避行』などのクロード・ミレール作品が、わたしにはとくに思い出深い。
『ファイト・クラブ』の作者による長編小説。信者がみな自殺していなくなったあるカルト宗教のたったひとりの生き残りが、飛行機をハイジャックして墜落させる。映画化が予定されていたが、9/11のテロによって企画が流れたと聞く。パラニュークが予言的作家とも呼ばれるゆえんである。
飛行機のコックピットでかれがブラックボックスに録音して残したモノローグという体裁で小説は構成され、墜落する直前からはじまった回想が、再びその瞬間へとたどり着いたところで終わっている。回想形式が出口無しの状況を作っているが、この派手な自殺に作者は一種の解放のようなものを見ているようでもある。地下鉄サリン事件というまがまがしい記憶をもつ国民としては、いっそうの興味を持って読める物語であるとは思うが、例えば、映画『カナリア』のように、真っ正面から問題を見つめた作品ではなく、カルト教団はたんなる物語の道具として使われているだけという気がする。そういう興味で読めば、肩すかしを食らうだろう。
面白くないわけではないが、なかなかすらすらとは読み進めなかった。評判ほどすごい小説だとは全然思えなかった。この題材なら、村上龍のほうがもっと面白いものを書けただろう。
テープに吹き込まれた録音音声というかたちで書かれているので、英語は全編が口語体で書かれている。しかし、意味不明なスラングのたぐいはほとんど出てこないので、ランダムハウスなどの大型辞書があれば、読めないところはほとんどないといっていい。口語表現になれていれば、読むのにそれほど苦労しないだろう。
一言で言うならえげつない漫画である。首が飛んだり内蔵が飛び出たりは当たり前。通行人以外は、男も女もみんな狂っているという世界だ。「死狂い」とはまさに言い得て妙なタイトルである。
江戸時代初頭、駿河城内で挙行された真剣御前試合で片腕の若武者と盲目の天才剣士が対峙するところにはじまり、そこにいたるまでのこの二人の因縁話が語られてゆく。この二人の怪物はいかにして誕生したのか。まだ完結していないが、おそらく冒頭の御前試合に戻ったところでクライマックスを迎えるだろうことが予想される。結末で冒頭の場面に戻る作品というのは、上の『サバイバー』や、映画『陽は昇る』など枚挙にいとまがないが、これほどの長編漫画でこういう構成のものはあまり記憶にない(たぶん原作もそうなっているのだろうが、確認していない)。
作者も、この作品を語る読者も、「残酷」という言葉をあまりに安易に使いすぎている気がするし、後書きに『葉隠』が引用されるあたりにプチ・ナショナリズム的なものが感じられ、ちょっと引っかかるところもあるが、読みはじめると引き込まれる面白さがあるのはたしかである。8月に出るらしい第9巻が待たれる。