明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

『サッド・ヴァケイション』など

青山真治『サッド・ヴァケイション』


青山真治の最近の作品としては、久々によかった。ただ、これがとくにすぐれているというよりも、『Helpless』と『ユリイカ』というレフェランスを外部にもっている強みというべきだろうか。片腕の男のイメージをワンカット見せるだけでイメージが広がるわけだし。

しかし、それにしても贅沢な役者の使い方だ。息子でもあり父親でもある主人公を演じる浅野忠信は、多少おじさん化している気がしないでもないが、いつものように素晴らしいし、オダギリジョーはこういう脇役でもすごく存在感があっていい。あまり好きではない石田えりまでがすごくよかったのだから、困ったものだ。石田えり史上の最高傑作かもしれない。彼女が演じるのは、最後の最後までエゴの固まりのような女で、中村嘉葎雄にはたかれてもまだ気づかないという感じなのだが、なにもかも飲み込んでしまうグレートマザーとでもいうべき存在感が圧倒的だった。

流れ者が集まって構成される疑似家族の光景は、最近のヴェンダースの作品をとりわけ思い出させるが、中村嘉葎雄が登場するシーンでのどかな音楽が流れると、これは「寅さん」か、と思う瞬間もあった。

甲斐谷忍『ONE OUTS』


「あらゆる野球漫画へのアンチテーゼ」 として描かれた型破りの野球漫画。バッターとの一対一の賭勝負野球「ワンナウツ」で負け知らずの伝説のピッチャー渡久地が、プロ野球にはいるところから物語ははじまる。一見、素人同然の球しか投げられないピッチャー渡久地が、バッターの心理を読み尽くす驚くべき洞察力で、嘘のようにアウトの山を築いてゆく。野球版「ライアーゲーム」とでもいうべき「だまし」のおもしろさ。球団のオーナーと交わした契約も、アウト1つとるごとに500万のプラス、逆に 1失点につき5000万のマイナスという前代未聞の内容で、文字通り一球ごとの真剣勝負が繰り返される。金儲けしか頭にないオーナーは、チームの勝ち負けを無視して、渡久地に無理な登板を繰り返させる。絶対不利の条件を渡久地はことごとく乗り越えてゆくが、オーナーはそのたびにさらに厳しい条件を突きつけてかれを追い込む。相手チームだけでなく、この悪徳オーナーとの勝負も熾烈を極めてゆき、目が離せない。

球漫画につきものの努力と根性といった汗臭さが全然ないのが特徴だが、主人公が加入したことで、いままでやる気がなかった選手たちに勝利への執着が生まれ、意外にもチームはまとまり始める。実は結構、野球漫画してるんじゃないか、という部分もある。

クールなタッチは新しいが、そのぶん淡泊な感じがしないでもない。非常に面白いのだが、全19巻をもたすにはもう少し大きな流れがほしかった。

パトリシア・ハイスミス『Eleven』


ほかで読んでいる作品も結構はいっているのだが、「The Birds Poised to Fly」(「恋盗人」)がどうしても読みたかったので。短編ベストテンなどでたまに選ばれることもある結構有名な短編だ。プロポーズの手紙に対する返事をひたすら待ちつづける男が、隣人の郵便受けに何日も放置された手があることに気づく。男は手紙を盗み開封する。それは、かれと同じように恋人からの返事を絶望的に待ち続ける女の手紙だった・・・。相似形の物語が切なさを増幅させる。期待しすぎたところもあったが、面白かった。

この短編集には、初期から後期までヴァラエティあふれる短編が収められていて、パトリシア・ハイスミス入門としては、最適の一冊かもしれない。「恋盗人」のようなセンチメンタルな色合いのものもある一方で、カタツムリが活躍する2篇「かたつむり観察者」と「クレイヴァリング教授の新発見」、閉塞した少年の心理をスッポンに託して描いた「すっぽん」、あるいは「からっぽの巣箱」などの動物ものは、底知れぬ不気味さで読後にしこりのようなものを残す。「モビールに艦隊が入港したとき」では、夫を殺してバスで逃亡する女性の心理が、意識の流れを思わせる手法で巧みに描き出されてゆく。今さらだが、実にうまい。

洋書も翻訳もアマゾンのサイトで、ハイスミスの著書のなかでは売れ行き上位にランクされている人気の短編集である。英語は非常に読みやすいので、手頃なペーパーバックを探している人にもお薦めの一冊だ。『11の物語』として、ハヤカワ・ミステリ文庫で翻訳を読むことができる。