巨大な墳墓を迷路のようにめぐる地下道を歩いていた女が、穴ぼこに落ちた先でなにかを見て恐怖の表情を浮かべるのをとらえたあとで、キャメラが切り返すと、そこに封じ込められていたらしいライ病患者たちが、彼女にむかってゾンビのように迫ってくる。子供時代のセルジュ・ダネーが見てトラウマになった、フリッツ・ラングの『大いなる神秘』の一場面だ。(Serge Daney, La rampe)
構図=逆構図。古典映画が完成させたカットつなぎの基本。典型的な構図=逆構図は、向かい合って話すふたりの人物の顔を、キャメラが交互に映し出すときに見られる。
キャメラが切り返す先には、恐怖の正体が、謎の真相が、欲望の対象がある。つまりは、欠如していたものが満たされるのである。結局、ラングはそれしかやってこなかったともいえる。「扉の陰の秘密」。それが映画なのだ・・・
亀田兄の謝罪会見を見ていて、どうしてここでキャメラが切り返さないのだろう、と、そればかり思っていた。別に、その切り返した先に真実があるといいたいのではない。たしかに、そこに写っていたであろうレポーターの醜い顔には、なにがしかの真実はあっただろう。それまでは及び腰だったレポーターたちが、ここぞとばかりに憂さ晴らしをしている光景は、まったく醜いとしかいいようがなかった。反則について聞きただすところまではいいとして、パフォーマンス云々については、あそこでする質問ではないだろう。傍若無人な態度がいけなかったということなら、細木なんたらという占い師の女はどうなんだ。あのレポーターは、あのハイテンションのまま、細木なんたらのところに行って、「あなたは、某タレントにむかって、『あなた、地獄に堕ちるわよ』といいましたね。あれはどういう意味だったのですか。あの発言は誰かの指示だったのですか」と問えばよかったのだ。それもできないやつが、子供相手になにを威張っているのだ。
話がそれてしまった。要は、テレビはなんでもだらだらと垂れ流して見せているようでいて、実は、肝心なものはなにも見せないし、聞かせないということだ(ノーカットで放映される NHK BS の映画では、いまだに、「不適切な」セリフの部分は音声が検閲されている)。
亀田ファミリーを増長させた責任の一端はマスコミにもあると、いまではどのTVコメンテーターもいうのだが、はたして本当にかれらはわかっているのだろうか。テレビの世界では、被写体からどれだけの距離をとってキャメラをおくかという倫理的な問題で頭を悩ますものなどだれひとりとしていない。照明も、キャメラ位置も、キャメラの動きも、なにもかもがだらしなく決定される。
試しに、ペドロ・コスタが撮影したストローブ=ユイレの編集風景を、テレビの連中に見せてみるといい。マスコミ云々といっていたコメンテーターのなかで、ストローブがなにに悩んでいるかを理解できるものはほとんど一人もいないだろう。
どうでもいいことを書いてしまった。
近日公開の新作。やはりソクーロフが注目か。それにしても、ロメールの『三重スパイ』はだれも公開する気がないのだろうか。
『牡牛座 レーニンの肖像』
監督:アレクサンドル・ソクーロフ
内容:妻クループスカヤが付き添う末期のレーニンをスターリンが見舞う。じっと見つめるレーニンの表情は虚ろである。足取りも軽いスターリンの表情は晴れやかだ…(正月第2弾〜ユーロスペース) 配給:パンドラ
『ファーストフード・ネイション』
監督:リチャード・リンクレイター 出演:グレッグ・ギニア/ポール・ダノ
内容:ファーストフード業界の実態を暴いたエリック・シュローサーのベストセラー「ファストフードが世界を食いつくす」を元に、今、まさに世界が注視する食の安全性、格差社会、環境破壊など、現代社会が抱える様々な問題を盛り込んだドラマ。(2月〜ユーロスペース) 配給:トランスフォーマー
『潜水服は蝶の夢を見る』
監督:ジュリアン・シュナーベル 出演:マチュー・アマルリック/エマニュエル・セニエ
内容:ジャン=ドミニク・ボビーは目覚める。そこは病室。自分が脳梗塞で倒れ、運び込まれたことを徐々に思い出す。だが、おかしい。意識ははっきりしているのに、自分の言葉が通じない。しかも、身体全体が動かない。唯一、動くのは左眼のまぶただけ…(新春〜シネマライズ) 配給:アスミック・エース
『人のセックスを笑うな』
監督:井口奈己 出演:永作博美/松山ケンイチ/蒼井優
内容:19歳の美術学校生のみるめ。ある日、絵のモデルを20才年上の講師ユリに頼まれ、その自由奔放な魅力に、吸い込まれるように恋におちた。初恋に有頂天のみるめだったが、実はユリは結婚していた…(1/19〜シネセゾン渋谷) 配給:東京テアトル