少し前の FILM COMMENT 誌を読んでいたら、Shigehiko Hasumi による2006年度ベストテンが載っていた。
Broken Flowers
Carmen
Crickets
Flags of Our Fathers
Munich
Retribution
Still Life
The Sun
These encounters of Theirs
Three Timespus one short: Abbas Kiarostami's segment of Tickets
まあ、そうなんだろうけど、まったくといっていいほど驚きがないラインナップだな。一つぐらい悪趣味な作品がまぎれこんでいてもいいと思うんだが。青山真治の『こおろぎ』についてのコメントで、ロラン・バルトの『表象の帝国』を援用しつつ、空虚をめぐる作品という意味で、これはソクーロフの『太陽』への返答なのだと書いているのが印象に残った。
☆ ☆ ☆
なんにもない映画だ。ポエジー以外は。
河辺の一軒家をとらえたロングショットから映画ははじまる。おそらくリトアニアの田園風景なのだろうが、タルコフスキーの映画を彷彿とさせるこの美しいイメージには、ロシア映画の伝統が息づいているようにも思う(途中で出てくる廃墟のような教会は、『ノスタルジア』のサンガルガノ寺院を一瞬思い出させる)。映画はラストで再びこの風景へともどり、河面に雪が舞い、一軒家が雪に埋もれてゆくイメージで終わっている。ゴダールの「映画史」に引用されているシーンだ。
一軒家には、父親とその息子らしいふたりの若者が住んでいる。このふたりが列車で都会へと出かけ、そこで過ごす三日間を描いたのがこの映画である。都会といっても、実際はなにもない寂れたその田舎町で、ふたりはひとりの娘と出会う。彼女は金もなく、すさんだ生活を送っているらしい。女がホテルの女将にも目をつけられていたため、泊まることができなくなった3人は、屋根づたいにどこかの窓から住居に忍び込み、ただソファが置かれているだけの薄汚い地下室にたどり着く。そこはどうやらさっきのホテルの中らしいのだが、よくわからない。このあたりから、建物も街も迷路のような様相を呈しはじめる。いつしか時間も曖昧となり、いまが何日目かも定かではなくなってゆく。
女はときおりヒステリックに笑う以外は、無気力、無関心な様子である。ひょっとしたらドラッグ中毒なのだろうか。しかし、セリフは極端に少なく、ほとんどのショットは引きのショットで、アップは皆無。人間関係もなにもかも、すべては想像するしかない。
人物たちが建物や風景を横切ってゆくにつれ、はたしてこれが生活と呼べるのかといいたくなるほどの貧困が映しだされてゆくのだが、そこに映画の主眼はなく、秘教的といってもいい映像の背後に浮かび上がるのは、もっと抽象的で、とらえがたい生の困難とでもいったものである。
DVD には Trois Jours の前身ともいえる短編ドキュメンタリー、En mêmoire d'une journée passée が同時収録されている。ブリューゲルの絵画を思わせる広大な雪原のなかを、子供の手を引く母親らしき小さな人影が横切ってゆく美しいイメージではじまるこのモノクロ作品には、セリフも字幕もまったくない。 Trois Jours と比べても遜色のない、喚起力にとんだイメージが圧倒的だ。
シャルナス・バルタスは、ソクーロフやベーラ・タルなどの東欧の映画作家と比較されることが多いが、Trois Jours に描かれるディスコミュニケーションの有り様には、初期のジャームッシュを思い出させるところもある。これを見ると、「孤高の作家」という言葉をつい使いたくなる。しかし、黒沢やベティカーを思わせるタイトルをつけられた新作 Seven invisible men は西部劇だという噂もあり、この作家のイメージはまだまだ定まらない。
ついでにフランスで出ている気になる DVD を少し紹介しておく。
ファスビンダー
Rainer Werner Fassbinder : L'intégrale 18 DVD
モーリス・ピアラ
Coffret Maurice Pialat, volume 2 (11 DVD + livret avec commentaires et photos)
サッシャ・ギトリ
Sacha Guitry (Faisons un rêve ; Mon père avait raison ; Le roman d'un tricheur ; Quadrille ; Désiré ; Le mot de Cambronne, Remontons les Champs-Élysées ...)