明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

エレヴェーターの男 〜 マイケル・パウエル Contraband


マイケル・パウエル Contraband (40)


マイケル・パウエルは30年代に数十本の作品を撮っているが、日本ではほとんど公開されていない。Contraband はパウエルがプレスバーガーとはじめて組んだ『スパイ』(The Spy in Black, 38) の成功を受けて撮られたスパイ映画である。


第二次大戦中、デンマーク船がイギリスを航海中に、"Contraband Control" (「輸入禁制品検閲局」ぐらいの意味)に入港を命じられるところから映画ははじまる。デンマークはいちおう中立国だったが、それゆえに敵国によって物資の調達などに利用されることがあったため、イギリス政府はこれを警戒していた。この映画は当時のイギリスのこうした政治情勢を背景に撮られている。この映画が製作されたのは、1940年。ドイツがデンマークを占領するのも40年である。この映画は、ナチがデンマークに侵攻する前に時代を設定している(と思うが、何しろ字幕なしだったので、細かい部分はよくわからなかった)。

デンマーク船の船長を演じているのが、有名なドイツ人俳優コンラート・ファイトだ。イギリス当局によって船は問題なしと判断され、翌日無事出航できることになったが、自分に発行された下船許可証がなくなっていることに気づいた船長は、船から忽然と消えた二人の船客を追ってロンドンに向かう。消えた船客の一人は、実はイギリスの女スパイだった。船長は彼女と行動をともにするうちに、ナチの諜報活動に巻き込まれてゆく……

反共よりもまず反ナチで統一戦線を張っていたハリウッドとは違い、そのへんがはっきりしなかったヨーロッパでは、この時期、反ナチ映画はアメリカと比べそれほど多くはつくられていなかったと思うのだが、べつに統計を取ったわけではないから、これはたんなる印象である。ただ、イギリスの場合は、フランスなどと比べて早くから反ナチの姿勢を打ち出していたように思える(このあたりはもう少し詳しく調べる必要あり)。少なくとも、映画を見る限りにおいては、フランスよりもイギリスのほうが早い段階からアンガジェしていたということはいえるだろう。

Contraband は、当時のイギリスの状況をリアルに反映させながら、そこにロマンスを巧みに織り交ぜている点で、ヒッチコックの『三十九夜』や、とりわけ『バルカン超特急』といったイギリス時代の作品に連なる。一方で、この映画の主演が、あの『カリガリ博士』の眠り男チェーザレを演じた、かつてのドイツを代表する俳優コンラート・ファイトであるなど、ドイツ的な要素が随所に入り込んでいるところにも注目すべきだろう。登場人物のひとりの名前がラングであることに、フリッツ・ラングへの言及を読み取っている批評家もいる。それは深読みだとしても、パウエルがラングを意識していた可能性はないとはいえない。しかし、そんな事実の真偽よりもわたしには、この映画に描かれるあるエレヴェーターの場面が、この映画よりも数十年後にラングがドイツで撮った『怪人マブゼ博士』のあるシーンを彷彿とさせるという「たんなる偶然の一致」のほうがずっと面白かった。

事実、この映画ではエレヴェーターが実に魅力的に描かれているのだ。パウエルは、灯火管制(blackout)下のロンドンという状況を巧みに利用して、光と影によるファンタジーをリアルな状況に重ね合わせてつくりあげている。それがもっとも鮮やかに現れているのが、エレヴェーターを使ったシーンなのである。

船長とイギリスの女スパイはナチに捕まえられて、とあるビルの地下室に軟禁されてしまう。そこから地上に出るには、唯一エレヴェーターを使うしかない。エレヴェーターといっても、日本でおなじみのエレヴェーターとはちがう、なかが丸見えになっていて、降りるときは自分でドアを開け閉めするタイプのやつだ。真っ暗なその地下室のなかで、画面の奥にとらえられたそのエレヴェーターは、運動する白い光の固まりとして描かれている。エレヴェーターが動くとき、地下室の壁際にあるエレヴェーターのボタンかなにかがぼうっと白く光るのだが、地下室に囚われの身になっている主人公たちにとって、その光は、ナチが迫っていることを示す危険信号なのだ。パウエルは、闇に浮かび上がる光を使って、実に見事にサスペンスフルな場面を作り上げている。

縛り付けられていた縄をほどいた船長は、女スパイを残して、まずひとりで地下室を脱出して、応援を呼びにゆくのだが、そのとき、上昇するエレヴェーターから船長の目線で地下室をとらえた主観ショットの、どきどきするほどの官能性。ハイナー・ゲッベルスThe Man in the Elevator あたりをバックグラウンド・ミュージックとして流しても全然違和感がないと思える、実にモダンな切れ味だ。その後に続くチェンバレンのマネキンならぬ石膏の上半身像をつかったシーンを、『非情の罠』のキューブリックはひょっとしたら見ていたのだろうか。


(下の写真は単品。値段的には、こちらの BOX のほうがお得かもしれない。)