ルイス・マイルストンの『異常な愛』(Strange Love of Martha Ivers, 未公開)の DVD をずいぶん昔に買ったままだったことを思い出し、見てみる。
ルイス・マイルストンは、『西部戦線異状なし』というつまんない戦争映画で有名だが、わたし的にはこれがかれの最高傑作だといいたい。マイルストンとしては奇跡的な傑作といってもいいぐらいだ(ちなみに、「西部戦線〈異状〉なし」であって、「西部戦線〈異常〉なし」ではありません。間違っていることに気づきさえしていない人がいるので、念のため)。
この作品は日本では未公開で、「異常な愛」のほかに「呪いの血」などというビデオ・タイトルでも知られる。しかし、「異常な愛」も「呪いの血」も、内容とあっているとはいがたい。そもそも、"Strange Love of Martha Ivers" という原題自体、ちょっと誤解を招くようなタイトルである。このタイトルからは、サイコ・スリラーものをつい想像してしまうが、実際は、きわめて正統的なフィルム・ノワールなのだ。(ちなみに、フランスでのタイトルは「犯罪の帝国」。)
ファム・ファタール、過去の忌まわしい記憶、権力と金と愛、フィルム・ノワールの定石がちりばめられてはいるが、ロバート・ロッセンの脚本によってそこに豊かなニュアンスがつけ加えられ、非常に深みのある物語へと発展させられている。ヒロインを演じるバーバラ・スタンウィックがいつものように素晴らしいのはいうまでもないが、彼女と同じ過去の忌まわしい記憶に捕らわれて哀れな人生を送る夫を、これがデビュー作とは思えない説得力でカーク・ダグラスが演じている。この二人と対照的に、紆余曲折ありながらも、過去から逃れて別の人生を歩み始めるカップルを演じる、ヴァン・ヘフリンとリザベス・スコットがまた素晴らしい。ヴァン・ヘフリンはいつも脇役の印象が強いが、ここではほぼ主役に近い役を堂々と演じている。『大いなる別れ』(これも傑作なんだけどなぁ。「地味」という便利な一言で片付けられて、評価は低いね)ではファム・ファタールを演じていたリザベス・スコットだが、ここでは格下げされて(バーバラが出てるのだから当然だ)、自分自身も暗い過去を引きずりながらヘフリンを正道に連れ戻す good girl におさまっている(まあ、実力的には、このあたりのほうがぴったりなのだが)。
たしかに、ヒロインが過去に自分が犯してしまった殺人の記憶を引きずっているという特殊な状況はあるが、彼女は性格異常者でもなんでもなく、ごくごく普通にフィルム・ノワールの悪女を演じているだけである。『暗い鏡』や『白い恐怖』のようなニューロティック映画を想像すると肩すかしを食うので注意。ラストは『深夜の告白』を意識したのだろうか(女と男の立場が逆転しているが)。
『フリッツ・ラング コレクション ハウス・バイ・ザ・リバー』
アメリカでビデオが出ていたが、あまりにも画質がひどいという噂だったので怖くて買えなかった。北米版DVD はロンドンの National Film and Television Archive のフィルムをもとにしてつくっているらしい(そんなところにしかフィルムが残っていないのか)。最良の状態ではないが画質はまずまずとのこと。2000円弱の値段で買えるのは魅力だが、KINO から出ているので、英語字幕はついていない可能性が大。
前に一度予告が出て、いつの間にか消えてしまった DVD。待たされたわりには、なんだかぱっとしない組み合わせ。しかし、ゴダールとの対談「恐竜と赤ん坊」など、特典映像はまあまあがんばっている(とくにリュック・ムレの短編)。「恐竜と赤ん坊」は CRITERION から出ている『軽蔑』の2枚組ディスクにはいっているので、わたしはそっちで見ている(この CRITERION 版には、ジャック・ロジェの短編「パパラッチ」もはいっているので貴重ですよ)。
ばら売りもはじまりました。『小原庄助さん』も出てました。