明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

トッド・ブラウニング『知られぬ人』


だましだまし使ってきたがそろそろ限界がきたので、明日 MacBook を修理に出すことに。すぐに返ってくると思うけれど、駆け込みでなにか書いておくことにした。


☆☆☆


シネコンで映画館の数がふえたといっても、見られない映画は全然見られないね。カンヌで上映されたスコリモフスキーの久方ぶりの新作が公開される日は来るんだろうか。日本では久方ぶりどころか、ほとんどまったく公開されていないから、その可能性は低そうだ。


☆☆☆


トッド・ブラウニング『知られぬ人』(27)
トッド・ブラウニングが『フリークス』以前に撮ったサイレント映画の傑作。サーカスの世界を舞台にしていること、フリークスが重要な登場人物として登場することなどの点で、『フリークス』の姉妹編とでもいうべき作品だ。


以下、ネタバレしまくってます。おまえのいうことなんか信じない、そんな映画見ないよ、という人だけ読んでください。


サーカスの座長の娘ナノンは、美人で気だてのよい娘だが、ひとつだけ悩みがあった。おそらく少女時代のトラウマのせいなのか、理由は説明されていないが、男性の手に異常なほどの嫌悪感を覚え、だれにもふれさせようとしないのである。彼女に愛を告白したサーカス一の怪力男マラバールに、彼女も恋心を寄せているのだが、その彼にさえ彼女は手を触れさせない。彼女が心を許すのは、「腕なし」と呼ばれる両腕のないサーカスの団員アロンゾだけだ。彼女はアロンゾにたいして友情以上のものはもっていないのだが、アロンゾのほうでは、自分だけに心を許してくれるナノンにどんどん恋心を募らせてゆく。

なにやらメロドラマティックな展開になりそうだと思うのは大間違いで、そこはトッド・ブラウニング、ありきたりの話にはならない。アロンゾは、実は、腕なしなどではなく、服を脱いでギブスを外すとちゃんと両腕があるのだ(もっとも、その片腕の親指は2つあり、奇形であることは変わらないのだが)。かれは殺人罪で警察に追われており、腕がないように見せかけてサーカス団に身を隠していたのである。

アロンゾはナノンのことで座長と言い争って、カッとなって殺してしまう。しかも、ナノンはその反抗の瞬間のアロンゾの後ろ姿と、2つある親指を見ていた。腕があることがばれれば、指紋からこれまでの犯行が明らかとなる。なによりも、ナノンに拒絶されてしまう。なんとアロンゾは、かつて因縁があったらしい外科医を脅して(このあたりの過去についてはほとんどふれられていない)、本当に両腕を切断してもらうのである(すごい話でしょ)。

ところが、な、な、なんと、アロンゾが留守にしている間に、ナノンは男性にさわられる恐怖を克服し、マラバールと結婚の約束を交わしていたのだ・・・。


名前こそ出てこないが、トリュフォーの『隣の女』のなかでもふれられている有名な映画である。皆さんご覧になっているとは思うが、念のために紹介しておいた。動機が不純で、純粋さには欠けるが、愛する女のために両腕を切り落とすというのは、狂気の愛の物語として強烈な印象を残す。ナノン役を演じるのは、これがあの『大砂塵』のヒロインとは信じがたいほど、可憐で愛らしいジョーン・クロフォード。数年後の『雨』では、すでに晩年の面影があるので、このあたりが彼女のかわいらしさの見納めかもしれない。そして、「腕なし」アロンゾを演じるのが、あのロン・チェイニーである。顔のメーク自体はおとなしめだが、人物設定が相変わらずものすごい。

ついでだが、ジェームズ・キャグニーロン・チェイニーの生涯を演じた『千の顔を持つ男』という映画がある。地味だが、手堅い伝記映画になっているので、ロン・チェイニーに興味がある人は、これも見ておくといい。


(わたしが見たのはこの DVD ではないが、Warner から出ているものなので、まあ間違いはないだろう。)