明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。





























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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

日々の泡〜アガサ・クリスティ『ゼロ時間へ』ほか

アガサ・クリスティ Toward Zero『ゼロ時間へ』


少しぐらい飛ばし読みしても何の罪悪感も感じないという意味では、クリスティは英語の速読の練習にはうってつけの作家だ。

何となくタイトルに惹かれて読みはじめたのだが、"Toward Zero" の意味は、冒頭の5ページぐらいでわかってしまう。しかも、それほど意外な意味でもなかったのでがっかりした。もっとも、作品自体はさすがベテラン作家だけあって面白い。普通は殺人事件ではじまる物語を、事件が起きるに至るまでの偶然と必然の糸のからみ合いに焦点を当てて語るという手法が、独特のサスペンスをもたらしている。実際には、普通の本格推理ものとそれほど違うことをやっているわけではないのだが、巧みなプロローグによって、読者の視線を、物語の遠近法の消失点へと向けて集中させてしまうところが、うまい。(以上、半分ほどまで読んだ時点での感想。この作品は、最近、パスカル・トマによって映画化された。)

最初の方で犯人らしき人物がはやくも登場するのだが、"person" や "figure" といった中性的な単語を使って描写されるだけなので、男性なのか女性なのか、ひょっとしたら子供なのかも定かでない。それで思い出したのだが、フランスの小説で、一人称で書かれていながら、最後まで語り手の性別がわからない小説がたしかあったはずだ。フランス語を少しは知っているものなら、これがどれほど難しいことかわかるだろう。たとえ一人称であっても、あらゆる場面で性数一致が要求されるフランス語においては、語り手の性別は自然とわかってしまうからだ。フランス語はそれほど性差別的な言語なのである。(松浦寿輝『謎・死・閾―フランス文学論集成 』という本のなかで分析しているので、気になる人はそちらを参照してください。)


テレビドラマ覚書


黒沢清の『トウキョウソナタ』で香川照之演じる一家の父親は、勤務先の経理課が中国に移転されるという理由で課長職をリストラされ、終わりのない夏休みのような不思議な時間を生きることになるのだが、最近の会社事情に疎いわたしには、経理が中国に移されるという意味がよくわからなかった。その日、家に帰ってたまたまテレビで見た「OLにっぽん」というドラマが、まさにそのことを描いていたので、なるほどと納得する。勉強になるね(もっとも、このドラマ自体は、どう見ても面白くなりそうになかったので、1話目だけを見てパスすることにした)。


「スクラップ・ティーチャー」
転校してきた中学生三人組が、だめ教師たちを立て直してゆくという話。題材はそれなりに面白いが、紋切り型のキャラクター設定と、キャスティングの弱さで台無し。


流星の絆」「チーム・バチスタの栄光
最近のテレビドラマを見ていてイライラするのは、シリアスなドラマにコミカルな要素を無理からに入れようとするところだ。喜劇と悲劇をミックスするなんてのは、『ゲームの規則』のルノワールのような天才にだけできることであって、お前らがやるのは100年早いわ。


ブラッディ・マンデイ
「24」のパクリ。日本で同じことやってもあんまりリアリティがないんですね。せめて時代設定を近未来にするとかしてほしかった(これが金融危機の話だったら、タイミング的に最高だったろう。一作目の『ドクトル・マブセ』みたいに、株式を操作して市場を混乱させる犯罪者を登場させるとか)。ところで、「24」では命令系統のトップとして大統領の存在がはっきりと指示されるが、ここではこれだけの事件が起きながら、2話目になっても総理大臣の姿は不在である。いかにもニッッポン的。

最近見ているアニメ


屍姫」「喰霊―零―」
似たような話なのでまだどっちがどっちか区別がつかない。萌える属性を集めましたといったたぐいのアニメが最近やたら多いのでうんざりするが、このふたつはまあまあ気合いが入っていそうだ(両作とも、激しいアクションをするヒロインが、なぜか運動性に欠けるセーラー服を着ていることは、問題にしないことにしよう)。とりあえず期待。


地獄少女―三鼎―」
前シリーズは、幽界からやってきた少女が、ネットで依頼された相手を地獄に送るという話の繰り返しだった。要は、ネット殺人がテーマである。地獄送りを依頼した者も、死んだあとに地獄に送られるというかたちで罪を背負わされることにはなっていたが、後味はよくなかった。それが、この新シリーズでは、だれかが地獄少女に恨みの相手を地獄に送ってもらう様子を、関係のない第三者の少女が強制的に幻視させられるという、意外な方向に話が進んでいる。前作でも、霊感の強い少女が登場したが、これほどはっきりと地獄少女とはリンクしていなかった。この第三者の少女は、いわばこのアニメを見ている観客自身の姿ということもできるだろう。罪の意識が二重化されているともいえる。地獄に送られる相手も、今回は、実は悪いやつでなかったというのが大半で、前シリーズ以上に後味は悪い。今のところさしたる展開はないが、今後の展開に期待。


システムを入れ直したので、いまはいつもの ATOK ではなく、Mac 標準の入力ソフト「ことえり」を使っているのだが、変換精度が悪すぎてイライラする。わたしの書いた文章に誤字脱字があるとしたら、それはすべて「ことえり」の性である。