Général Idi Amin Dada: Autoportrait(「イディ・アミン・ダダ将軍:セルフ・ポートレート」1974)
『ラスト・キング・オブ・スコットランド』のホレスト・ウィティカーの演技が記憶に新しい、ウガンダの悪名高き大統領イディ・アミンを描いたドキュメンタリー。バーベット・シュローダー(バルベ・シュロデール)の代表作として必ずあげられる一本だが、日本では未公開であり、したがってほとんど知られていない。
アミンがクーデターを起こしてウガンダの実権を握ったのは、1971年1月のことだった。この映画はその数年後、独裁政権のただなかで撮られた。監督のシュローダーと撮影のネストール・アルメンドロスをふくめて、わずか数名の少人数のクルーで撮影されたこの映画の、巧みにお膳立てされた親密さの空間のなかで、イディ・アミンはまるで自らも撮影クルーの一員であるかのように、気さくに振る舞い、ざっくばらんにインタビューに応じている。これはシュローダーらが撮影にさいして払った細心の注意のたまものであると同時に、「生まれながらの役者」(『キャメラを持った男』)とアルメンドロスが呼ぶアミンの性格にも大いに助けられたのだろう(金正日を見ればわかるように、独裁者というのは往々にして、本能的にキャメラを避ける一方で、生まれながらの役者でもあるのだ)。
大臣たちを集めての閣議の様子を長々ととらえた驚くべき場面で、アミンはだれと名指しするわけでもなく大臣たちに向かって激しく叱責をはじめる。うつむき加減に耳を傾ける大臣たちの姿をとらえていたキャメラが、とある人物の前で一瞬動かなくなる。そのとき、短いナレーションが、二週間後、外務大臣であるこの男が、ナイル川で水死体で見つかったことを告げるのだ。
しかし、このようにわかりやすい編集は、実は、この映画ではごく例外的な部類に属する。この映画にはナレーション自体がほとんどなく、シュローダーはこの独裁者に対するいっさいの判断を観客にまかせている。というよりも、アミン自身が語るに落ちるのにまかせているといった方がいいだろうか。ヨーロッパ映画のなかで自分が描かれることにすっかり気をよくして無邪気にしゃべりまくるアミンの話は、ときにわれわれを微笑ませ、ときに恐怖させる。恐ろしい事実が子供じみた口調で言われるのが恐ろしいのだ。アミンが、川をさかのぼるボートの上から岸辺にいるワニを指さし、ジョークを交えながらワニの生態を説明してみせるシーンがすばらしいのは、ここでは政治がいっさい語られていないにも関わらず、この独裁者の本質が見事に描写されているからだ。
ムスリムであるアミンが、アラブ人にシンパシーを抱き、いまのイスラエルはかつてのナチスと同じことをしていると主張するのは理解できる。しかし、だからヒトラーは正しかったのだとまで彼はいい切ってみせる。ユダヤ人をたくさん殺したというのは本当ですかとストレートに問うインタビュアーに、アミンは高笑いするだけで、答えようとしない(「黒いヒトラー」とも呼ばれるこの独裁者が虐殺した国民の数は、30万人とも40万人ともいわれる)。
アミンにまつわるおもしろい話はたくさんある。たとえば、岡村孝子のユニット「あみん」の名前は、実は、イディ・アミンの名前が回りまわってつけられたものだという。もちろん、本人は、この名前がこれほど血塗られた記憶につながっているとは知らなかったのだろうが・・・
L'avocat de la terreur(「テロルの弁護士」2007)
これも未公開であり、したがってほとんど知られていない(例によって、シュローダーも片寄った紹介しかされていないので、未公開の作品は存在しないも同然である。たとえば、日本版ウィキペディアの「バーベット・シュローダー」の項目では、この作品も、Général Idi Amin Dada: Autoportrait もまったく無視されている)。
紙数に限りがあるので、この作品についてはあまり詳しく紹介できない。簡単にアウトラインだけを書いておく。
L'avocat de la terreurを見ると、 ハリウッドに渡ってからも Général Idi Amin Dada: Autoportrait のころの問題意識を、シュローダーはずっともちつづけていたことがわかる。この映画が描いているのは、ここ50年のテロリズムの歴史を一身で体現しているといってもいいフランスの異色弁護士ジャック・ヴェルジェスである。聞いたことがない名前かもしれないが、非常に興味深い人物だ。わたしは見ていないが、最近公開された『敵こそ、我が友〜戦犯クラウス・バルビーの3つの人生〜』という映画にも登場しているらしく、日本でもにわかに注目を集めているようである。さっき知ったのだが、『敵こそ、我が友』の監督は、冒頭で触れた『ラスト・キング・オブ・スコットランド』と同じケヴィン・マクドナルド。ひょっとするとこの監督は、シュローダーに触発されて一連の作品を撮ることになったのかもしれない(要確認)。
ジャック・ヴェルジェスは、フランスの外交官である父親と、ベトナム人の母親のあいだに生まれた。いってみれば、植民地主義のゆがみを一身に背負って生まれてきたような人物である。この生い立ちは、彼を徹底的な反植民地主義者に育て上げるに十分だった。ヴェルジェスが世界的に有名になるのは、アルジェリアの独立運動が激しさをましていた50年代に、アルジェのカフェに爆薬を仕掛けて多くの犠牲者を出し、死刑の宣告を受けていた実行犯の女性、Djamila Bouhired を弁護したときである(ちなみに、この事件は『アルジェの戦い』にも描かれている)。普通なら有罪を認めて、減刑をはかるところを、ヴェルジェスは徹底して戦い、ついには恩赦によって彼女を釈放させるにいたっている(その後、彼はムスリムに改宗し、Djamila Bouhired と結婚するのだが、突然姿をくらまし、数年のあいだその所在がわからなくなる。カンボジアにいたともいわれているが、本人は口を閉ざしており、Djamila もインタビューには一切応じていないので、何があったのかはっきりしたことはわからない)。
この弁護がすべての始まりだった。これ以後彼は、それこそ右も左も関係ないといった一見無節操にも見えるやり方で、パレスティナのテロリストや、カンボジアのクメール・ルージュのリーダー、あるいは「ジャッカル」の名で知られるベネズエラの国際的テロリスト、イリイチ・ラミレス・サンチェスなどなどの弁護を手がけてゆく。その生い立ちから、彼が反体制の革命戦士を擁護するのはうなずけるが、弁護する相手がナチスの戦犯クラウス・バルビーのような人物だとなると、首をかしげてしまう。しかし、ヴェルジェスは、クラウス・バルビーの所行を、フランスがアルジェリアで行ったことと重ね合わせ、驚くほど理路整然とした論理で弁護してゆき、聞くものを納得させてしまうのだ。
ヴェルジェスのやり方をすべて肯定することはできないかもしれない。単純な判断を許さないこの人物を、シュローダーはここでもいっさいの判断を観客にゆだねるかたちで描いている。Général Idi Amin Dada: Autoportrait とくらべると、作品としてはいくぶん成功していないように見えるかもしれない。しかし、ジャック・ヴェルジェスという男は、アミン以上にわたしには興味深く思えた。この映画を見たものは、肯定するにしろ否定するにしろ、この人物に魅力を禁じ得ないことだろう。
どちらの DVD も海外版だが、日本の Amazon から注文できる模様。