明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。





























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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

マルセル・レルビエ『ラルジャン』

アガサ・クリスティー原作の映画など見たくもないが、パスカル・ボニゼールの新作は、クリスティーの Le grand alibi を映画化したものだ。監督デビューした最初のころは、なかなか見どころがある作品を撮っていたが、早くもこういう映画をつくるようになってしまったか。いやいや、その一方で、リヴェットの『ランジェ公爵夫人』の脚本を書いていたりするんだから、なにがしか期待してもいいのでは、と思ってみたりもする。


さて、しばらく書かないあいだに、かなりの作品を見ているのだが、今日はボニゼールのついでにフランス映画の話をすることにしよう。


マルセル・レルビエ L'argent(「金」'28)


レルビエ最後のサイレント映画であり、『人でなしの女』とならんで最高傑作とされる作品。

つい最近、フランスで DVD になったばかりだが、さっそく買ってしまった。ほしい DVD はほかにもいろいろあったが、日本では出そうにないもので、重要なものから順番に選んでいくとこれになった。


原作はゾラの『金』。同じゾラの『獲物の分け前』(ロジェ・ヴァディムがメロドラマティックに映画化している)に登場する銀行家サッカールが再び描かれる、ルーゴン=マッカール叢書の一冊である。映画では、時代が19世紀から20世紀初頭に移しかえられ、撮影当時のパリがときにドキュメンタリーかと見まごうほどヴィヴィッドに描写されている。

映画の舞台となるのはパリの金融界。株の暴落でたちまち破産寸前に追い込まれたり、こそくな手段を使って株価を操作して大もうけを企んだり、市場を左右する情報に一喜一憂したりする人びとの姿は、現代のわれわれがテレビや新聞のニュースで見聞きするものとなんらかわりない。これは、19世紀を描いたゾラの原作を読んだ人びとの多くが抱いた感想でもあるだろう。

海外から『メトロポリス』の女優ブリギッテ・ヘルムを呼び、巨額の製作費を投じて撮られた「ゴージャス」な作品だが、一方で、余分なものをそぎ落とした抽象的ともいえる舞台装置は、この映画を『人でなしの女』のモダニズムに近づけている。『人でなしの女』でもそうだったが、この映画も室内のデコールがすごい。こういうのを見てしまうと、現代の『タイタニック』だのなんだのは、費用効果的に見て中途半端な出来損ないに思えてしまう。


「金」という直接的なタイトルにもかかわらず、ここには札束はほとんど登場しない(同じタイトルでも、手から手へと渡されてゆく現金を生々しく描いたブレッソン作品とは大違いだ)。ここに描かれるのは、実態のない、もっと抽象的なものへの欲望に突き動かされている人間たちの姿である。しかし、実際のところ、レルビエは、こうした主題には、さして興味を持っていなかったのかもしれない。金儲けの道具に利用されて、翻弄されるパイロットとその清純な妻をめぐるメロドラマティックなわき筋にも、それほど身が入っていたとは思えない。『人でなしの女』ほどではないが、この映画でもやはり、ドラマの部分はいささか弱く、盛り上がりに欠けるのはたしかである。ドラマを撮ることよりも、レルビエは、二人の女優、とりわけブリギッテ・ヘルムの肢体を様々な角度から官能的に撮ることに心血を注いでいたようだ。

そして、なによりも、それ以前にはだれもやったことがなかったテクニックを駆使して、斬新な映像を作り出すことこそが、レルビエがこの作品で本当にやりたかったことに違いない。縦に横に上下に、あるいは弧を描くように、めまぐるしく動き回るキャメラによるアクロバティックな撮影は、サイレント映画の技術的な達成の一つの頂点だろう。この映画がしばしばアベル・ガンスの『ナポレオン』と比較されるのもうなずける。ガンスは、ナポレオンの少年時代の雪合戦のシーンで、キャメラを雪玉といっしょに放り投げて見せた。この映画でレルビエは、オートマティックに撮影できる状態にしたキャメラを、パリ証券取引所(のセット)の天井につり下げ、中央の丸テーブルに向かって回転しながら急降下させつつ撮るという離れ業をやってのけている。


この映画で用いられたこうした様々な撮影テクニックは、この映画の撮影と平行して撮られたジャン・ドレヴィルによるメイキング映像 Autour de l'Argent のなかで見ることができる。もちろん、この作品も DVD に特典映像として収録されている。ほかにも、キャスティングに使われたと思われるキャメラ・テストの模様や、ブリギッテ・ヘルムがパリに到着したときの様子をこれもドレヴィルが撮影したニュース映像など、様々な特典がこの DVD にはついている。サイレント映画でこれだけのメイキング映像が残っている映画も珍しいのではないだろうか。それだけでも、この DVD は買いである。