老齢の猫がすっかり弱ってしまった。最近は、一日の半分は猫のことを考えている。ほかにもいろいろすることがあるので、正直、ブログのことは忘れていた。すっかり更新が遅れてしまったので、マイナーな話題でごまかしておく。
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「シャーロック・ホームズ協会」だか、「シャーロック・ホームズ・クラブ」だか、名前は忘れたが、とにかく世界中に支部のあるシャーロック・ホームズのファンクラブの京都支部長だとかいう女性とむかし話をしたことがある。そのクラブの会員になる第一条件は、シャーロック・ホームズの実在を信じていることだと彼女が言うのを聞いて、唖然としたことを覚えている。
今回は、ホームズに関係する映画の中から、これはといったものをいくつか紹介する。
『バスカヴィル家の犬』(テレンス・フィッシャー, 59, 未)
サイレント時代(ということは、コナン・ドイルがまだ生きていた時代)から何度も映画化されている作品。ホームズもののなかでもっとも横溝正史的と言ってもいいかもしれない原作のおどろおどろしい雰囲気を、テレンス・フィッシャーのホラーじみた演出が増幅させている。赤い乗馬服を着たサディスティックな若者たちの集団が、強烈な印象を残す。
『緋色の爪』(ロイ・ウィリアム・ニール, 44, 未)
ビクトル・エリセの短編『ラ・モルト・ルージュ』が、この映画に登場する村の名前から取られていることは有名。しかし、映画の中では、ホームズ役のバジル・ラズボーンも、ワトソン役のナイジェル・ブルースも、誰も彼もが「ラ・モール・ルージュ」と発音しているので、ひょっとしたらそっちのほうが正しいのではと思えてくる。たしか、手紙か町の看板かで、"la Morte Rouge" と綴られていたはずだと思うのだが・・・。と思って、IBDb でチェックしてみたら、
"The name of the village, La Mort Rouge, is misspelled (La Morte rouge) on the map which is visible in one scene."
という記述があった。これが正しいなら、"la Mort Rouge" が正解ということになる。どっちにしろ、そんな町は実在しないはずだが。(ちなみに、ポーの『赤死病の仮面』のフランス語タイトルは "Le Masque de la Mort Rouge")。
ロイ・ウィリアム・ニールがユニバーサルで撮った数多くのシャーロック・ホームズものの最高傑作といわれる作品である。真夜中に鳴る鐘、喉を切り裂かれた家畜の死体、闇夜に光る人影。怪奇現象が目撃される村で起きる連続殺人をホームズが解決してゆく。明らかに同時代のユニヴァーサル・ホラーの延長線上で撮られた作品で、ホラー要素が非常に強いが、先を読ませない展開でぐいぐいと引っ張ってゆく。途中でチェスタートンの話が出てくるので、これは原作にあったのかなと思いつつ見ていると、見事にミスリーディングさせられていたことを後になって知る。
これが『バスカヴィル家の犬』に想をえてつくられた映画だということを後になって知り、ちょっと驚いた。たしかに舞台背景とか、雰囲気は似ているが、話はまったく別物だからだ。("The Adventure of the Dancing Men" も発想の元になっているという。ただし、わたしはこの作品は読んでいないのでよくわからない。)
『They Might be Giants』(アンソニー・ハーヴェイ, 71 未)
これも一応シャーロック・ホームズものに入れといていいだろう。コナン・ドイルからキャラクターを借りただけの『緋色の爪』でも、シャーロック・ホームズはとりあえず本物だった。この映画にはホームズもワトソンも登場するが、どちらも偽物でしかない。
妻の死のショックで自分をシャーロック・ホームズと思い込んだ男が、ワトソンという名の女精神科医を巻き込んで、宿敵モリアーティの行方を追う。ホームズが偽物なら、ワトソンも偽物だ。ふつうのホームズものだと思っていたので、見る前は、ジョージ・C・スコットのホームズ役というのはどうかと思っていたのだが、パラノイアのホームズというのは実にぴったりだった。
劇場でヒットした芝居の映画化で、歌も踊りもないが、どこかミュージカル・コメディふうに作られている。もっとも、コメディといってもどこか陰鬱なところが、いかにもイギリス映画である。
監督のアンソニー・ハーヴェイは、『歩兵の前進』、『ロリータ』、『博士の異常なお愛情』などのエディターをへて監督に転じた人物。定評あるエフレイム・カッツの映画辞典には、
"As a director, he impressed with his initial three films but disappointed with his subsequent work"
とある。この映画は、その最初の三本目である。
(エフレイム・カッツの映画辞典は、順調に版を重ね、わたしがもっているのは2008年に発行された第6版である。しかし、ここには、北野武の名前も、青山真治の名前も見あたらない。情報の新しさはあまり期待しない方がいいだろう。もっとも、これは、アメリカの評価とヨーロッパの評価の違いが如実に表れただけかもしれない。載っている映画作家たちの記述も、よく言えば客観的、悪くいえば味気ない。とはいえ、映画用語辞典としては重宝する。なにより、1400ページというこの分厚さで20ドル程度というのはべらぼうに安い。)