明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

映画の映画〜『ベリッシマ』『Le schpountz』『底抜け便利屋小僧』


訳あってしばらくなにも書く気にならなかった。今もそうなのだが、だいぶブランクがあいてしまったので、下書き保存しておいた記事を適当に仕上げてアップしておく。


☆ ☆ ☆


映画をテーマにした映画、というよりも撮影所を舞台にした映画は少なくない。その中から、これといった3作品を紹介する。

ルキノ・ヴィスコンティ『ベリッシマ』


いきなり有名な映画で申し訳ないが、一言いっておきたかった。

世界でもっとも美しい泣き顔が見られる映画である。アンナ・マニャーニ演じる、幼い娘を映画女優にする夢にとりつかれ、大声でわめきながら撮影所のなかを奔走する母親は、今ならば、モンスター・ペアレントといわれてもおかしくない存在だろう。たしかに、「聖なる怪物」という意味でなら、彼女はモンスターだった。野外劇場でホークスの『赤い河』を見て涙を流さんばかりに感動した直後に、大口を開けてあくびをする。これこそアンナ・マニャーニだ。彼女が女優なら、今世界にどれだけ「女優」と呼べる存在がいるだろうか。娘さんを女優にしてあげるよといって近づいてくる怪しげなものたちの言葉に一喜一憂するマニャーニを見ていると、娘ではなくあんたの方こそ女優だよといってやりたくなる。

撮影所の深い部分にまで入り込んでその現実を目の当たりにした彼女は、映画の世界に幻滅し、娘を女優にする夢もきっぱりあきらめるのだが、皮肉にも、その直後に、撮影所から多額の契約金で娘を女優に採用する話が持ちかけられるのだ。母マナニャーニは、撮影所の連中を追い返し、これでいいのだといって夫とベッドで抱き合う。だが、その瞬間、野外劇場から聞こえてくる「ブート・ランカスター」の声に、うっとりとしてしまうのだ。


マルセル・パニョール『Le schpountz』


映画をテーマにしたおとぎ話のような映画であり、また、パニョールによるコメディ映画宣言とも受け取れる映画である。

映画俳優にあこがれ、機会さえあればそうなるものと無根拠に確信している田舎青年(フェルナンデル)の住む町に、都会から映画のロケハンがやってくる。絶好の機会だと、彼らに演技を披露するフェルナンデルを、内心滑稽だと思いつつも、彼らは絶賛し、俳優として契約を交わす。無論からかっただけなのだが、フェルナンデルはその気になり、親が止めるのも聞かずパリに出て俳優になることを決意する。しかし、撮影所に来ても、誰も取り合ってくれない。ここまで来ても、まだからかわれていたことに気づかないフェルナンデルが笑いを誘う。実をいうと、私はフェルナンデルという俳優にはほとんど興味がなかったのだが、この映画を見て初めてすばらしいと思った。

契約が嘘だったことにようやく気づいたフェルナンデルは、今さら実家に帰ることもできず、撮影所で雑用係の仕事をすることになる。パニョールによって、ときに残酷にときに滑稽に描き出される映画というちっぽけな世界が、この映画の魅力の一つだ。

タイトルの "schpountz"(シュプンツ)というのは、「自分を映画スターと思い込んでいる人物」のことだそうだ(手元の辞書には出てこないので、どれほど浸透している言葉なのかはわからない)。フェルナンデル演じるシュプンツは本格俳優を目指していたのだが、喜劇俳優としての才能が上層部に注目されて、あれよあれよという間に一流の喜劇スターへと上り詰めてゆく……。喜劇という軽んじられることの多いジャンルに対するパニョールの自負と愛情が見事に伝わってくる傑作だ。


ジェリー・ルイス『底抜け便利屋小僧』The Errand Boy


パラマウントならぬパラミューチュアル撮影所(見た目はパラマウントにそっくりなのだが)の重役たちが、撮影所の無駄遣いを内部調査するために、誰からも怪しまれない間抜け(ジェリー・ルイス)をスパイとして送り込む。無論、調査どころか、ルイスは行く先々で混乱を引き起こすだけだ。『Le Schpountz』 同様、ルイスも、結局は、その喜劇的才能がたまたま重役の目にとまり、たちまち大スターとなる。

話はほとんど似ていないのだが、この2作は不思議と似通っている。ラストのくだりは、ルイスのコメディ映画宣言と考えてもいいだろう。『底抜けもててもてて』や『底抜けいいカモ』といった作品にくらべると、独創性は低い作品かもしれない。しかし、ストーリーは二の次にして、モザイクのように挿入されていくギャグの連続は、ルイスの映画固有のものだ(とりわけ、マリオネットと孤独に対話する幻想的なシーン)。


私が映画館のオーナーなら、『Le Schpountz』『底抜け便利屋小僧』と、プレストン・スタージェスの『サリヴァンの旅』の3本立てを上映してみたいものだ(まあ、客は入らないだろうが)。