明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

シドニー・ギリアット『青の恐怖』


シドニー・ギリアット『青の恐怖』Green for Danger


ヒッチコックの『バルカン超特急』などの脚本家としてのほうが有名なイギリスの映画監督、シドニー・ギリアットによるミステリー映画。

『絶壁の彼方に』という映画が結構気に入っていたのだが、他の作品は見たことがなかった。この作品を見て、やはりなかなかの才能だと確信した。(『絶壁の彼方に』については、『たかが映画じゃないか』山田宏一和田誠が楽しげに話題にしている。ビデオがレンタルで借りられるはずだが、置いている店はほとんどないので見つけるのは難しいだろう。)


第二次大戦末期のイギリスの片田舎にある病院が、『青の恐怖』の舞台だ。冒頭、この映画の主要人物となる医者やナースが勢揃いしてオペをおこなっている場面にかぶさってナレーションが、ひとりひとりの人物紹介をおこなってゆき、最後に、「この中のふたりが死ぬ。そしてこの中のひとりは犯人だ」と結ぶ。

実際、彼らが手術したひとりの患者が麻酔処理中に急死する。手術のプロセスには何のミスもなく、事故死と判断されるが、「あれは殺人よ。証拠のありかも知っている」と口走ったナースが、直後に殺され、連続殺人の可能性も浮かび上がる……。

なんだか、「チーム何とかの栄光」を思わせるような話ではないか。このあとスコットランド・ヤードの警部が事件の捜査に乗り出してくるのだが、関係者全員を平等に疑い、ずけずけと質問するこのサディスティックな警部も、あの日本の医療ドラマに出てくる調査員に、似ているといえば似ている(アラステア・シムが、切れ者でかつコミカルな警部をエキセントリックに演じている)。これが元ネタといわれても、別にわたしは驚かないだろう(もちろん、何の根拠もない推測だが)。


巧みなプロット、大胆なトリックで、日本のミステリー・ファンにも評価の高いクリスチアナ・ブランドが原作(『緑は危険』)なだけに、ミスリーディングを誘う手がかりがあちこちにもうけられ、勘のいいわたしにも結末は予測できなかった。しかし、謎解きにはさして興味のないわたしには、実はそのあたりは別にどうでもいいというか、とりあえず有無をいわせず話が前に進んで行きさえすればいいのだ(『三つ数えろ』のストーリーは何度見てもわからないし、映画なんてそれでいいのだ)。



この作品に惹かれたのは、複雑なプロットや、巧みなストーリー展開にではない。この映画の魅力は、なによりもその一種異様なダークな雰囲気にある。見終わったあとで夜の場面しかなかった気がするぐらい、終始、薄暗い照明で撮られたモノクロ画面を見ていると、ギリアットがドイツ表現主義映画やラングの『M』を夢中になって見たという話もうなずける。オープンセットで作られた、病院前の庭園のおどろおどろしい雰囲気もいい。

戦時中という設定は、物語にほとんど直接的には関わってこないのだが、この映画に特異な雰囲気をもたらすことに大いに役立っている。

夜空をときおり爆音を響かせて飛んでゆくナチのV1ロケットが、とりわけ印象的だ。V1ロケットが飛んでいくのがこんなにはっきりと見える映画は初めての気がする。どれほど正確に再現されているのかはわからないが、奇妙な形をしていて、想像していたよりもずっとゆっくりと空を滑ってゆく。この遅さがよけい不気味だ。姿が見えるのは最初の一度だけだったと思うが、間欠的に聞こえるロケットの爆音は、いつそれが近くに落ちてくるかわからないという恐怖よりも、目に見えない漠然とした不安となって、作品に独特の緊張感をもたらしている。


Criterion Collection の DVD で見たのだが、今月の上旬にジュネス企画から DVD が出ることを、書いている途中に知った。細かいサインを読み解きながら、サスペンスを楽しむには、当然、日本語字幕で見るのがいいのに決まっているが、Criterion の DVD の画質は非常にすばらしく、つやつやと輝くようなモノクロ画面は見ていて気持ちがよかった。ジュネスの DVD の状態がこれほどいいとはとても思えない(むろん、見ていないので、たんなる推測だ)。

忘れてしまうにはあまりにも惜しい作品である。とにもかくにも、これをきっかけに、この監督がもう少し注目されるようになることを期待する。


蛇足だが、"Green for Danger" が「青の恐怖」となっているのは、別に誤訳という訳ではない。

「green は yellow と blue の間の色で, 時に blue も含む. 一方, 日本語の「青」は広義には「緑」も含むので, green =「青い」となることが多い: 〜 fields 青々した野原/The light went 〜. 信号が青になった.」(『ジーニアス英和大辞典』)

もっとも、この映画は白黒なので、緑も青も関係ない。「青」にしたのは、その方がかっこいいからという理由だったかもしれない。

あと、Criterion の DVD に収録されていコメンタリーのなかでは、Gilliat は「ジリアット」と発音されているようだ。「シドニー・ジリアット」と表記するほうが、原音に近いのかもしれない。


下は Criterion 版。