明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

シルヴァーノ・アゴスティ『快楽の園』


シルヴァーノ・アゴスティ
『Le jardin des delices』(「快楽の園」)の仏版 DVD が去年発売されていたことに、最近気づいた。


この作品は、昨年、京都駅ビルシネマでおこなわれた「アゴスティとモリコーネ」と題された上映会で見ている。しかし、これもいわゆる「デジタル上映」だったのにはがっかりした。

そのときの上映では、上映前に主催者からの簡単な挨拶と作品紹介があったのだが、驚いたのは、上映に使ったフィルムについての説明がなんにもなかったことだ。

たしかに、チラシには、作品の原題や製作年度の横に小さく「DV」と書かれていたと思う(書いていないチラシもあった)。しかし、「DV」といわれても、よくわからないし、わたしよりも映画を知らない人(自分でいうのもなんだが、たくさんいると思う)は、もっとわからないだろう。これが、ここ数年の映画なら、「DV」と書いてあれば、デジタル・ヴィデオで撮影された映画なのだろうと推測がつくが、『快楽の園』が撮られたのは67年だ。この時代に、ヴィットリオ・ストラーロがデジタル・ヴィデオで撮影していたはずはない。じゃ、どういうことなの? 

そのへんの説明が、あって当然でしょ。これがなんにもないんですね。この映画にはタルコフスキーが協力してるとか、ベルイマンベルトルッチがこの映画を褒めたとか、そういう話ばかりで、どうしてこういう不完全なかたちでしか上映できなかったかについては、一言もいわない。それで、挙げ句の果てに、テレビや DVD ではなく、たまには映画館で映画を見るという体験をしてください、とかいうんですよ。びっくりしましたね。こういうことがあるから、だんだん映画館から足が遠のいてくんでしょ。

この映画を配給している人がやっているらしいホームページには、このイタリアの未知の作家についてのうんちくが語られているのだが、上映フィルムについてはなんの説明もない。ただ、「*すべてデジタル・プロジェクターによる上映となります」と書いてあるだけ。

たしかに、読んでいて、このシルヴァーノ・アゴスティという作家をぜひ紹介したいという情熱は伝わってくる。作家と直にコンタクトを取って、公開までこぎつけた努力も、そのフットワークも、最近ではなかなか希有なものだと思う。しかし、同時に、映画の物質的側面をあまりおろそかにしてもらっては困るとも思うんですよ。

ネットに転がっている動画や YouTube で映画を見て満足している人なら、別に見れたらいいじゃん、と思うのかもしれない。しかし、そういう人は、しょせん、どこかで映画をバカにしている。でなければ、こんな形で映画を見せられて、しかも普通の映画と同じように料金を取られて、腹が立たないわけがない。極端な話、ダ・ヴィンチの『モナリザ』をルーブルに見に行ったら、飾ってあったのはぺらぺらの『モナリザ』の複製だった、というのと同じでしょ。

角が立たないように、「極端な話」といったけど、事実そういうことなんですよ。映画だからそういう野蛮が許されてるんです。映画だから、そういう野蛮にみんな鈍感なんです。最近では、スタンダードの作品をまともに掛けられない映画館がふえていて、平気で画面の上下を切って上映したりしてる。これも京都だけど、いまはなき朝日シネマという劇場で小津の回顧上映がおこなわれたとき、小津映画が上下切られてビスタに近いサイズで上映されてたんだけど、それに怒ってたのは、わたしの友人数人ぐらいのものだった。ルノワールの絵の上下ちょん切ったら、ふつう逮捕されますよ。だけど、映画だとそれが許される。ロメールは、スタンダードが上映できなくなって、憤死したに違いないんだ。

DVD の時代になっても、白黒映画に色を塗ったカラー・ヴァージョンていうのが、まだ作られている。こりない奴らだ。『ゲルニカ』に勝手に色を塗ったら、ふつう極刑ですよ。でも、映画なら許される。許しているヤツがいるから、許される。


そういえば、これも去年だったっけ、京都のみなみ会館で見たソクーロフ『痛ましき無関心』も、わたしの勘違いでなければ、「デジタル上映」だったはずなのだが、ネットで調べてもそれらしい情報が見あたらない。みんなそんなこと気にしていないのか。それとも、ほとんどの人が気づいていないのだろうか(考えるだけで怖い)。ここで上映されたときのことなのかよくわからないが、この映画を見て、「画面が、今の霧にかすんだような画面ではなく、割とクリアな感じで、初期の作品なんだろうなー、と思いました」、と、ブログに感想を書いている人もいた。「クリア」なんじゃなくて、画面の鮮明度が低かっただけだと思うんだけど……。あれじゃ、霧も雨もよく見えない。ともかく、あとで DVD で見たほうが、断然クリアな映像だった。映画館より DVD で見るほうが満足に見られるとは、これいかに?