わたしが RKO Pathé のロゴをはじめて目にしたのは、ジョージ・キューカーの『栄光のハリウッド』(31) という作品のなかだった。RKO のオープニング・ロゴといえば、Radio Pictures になってからの、電波塔から電波がピピピと出るあれしか知らなかったから、映画の冒頭で、"AN RKO PATHE PICTURE" という文字のバックに、回転する大きな地球儀の上にのった雄鶏(パテのトレードマーク)がコケコッコー(いや、フランス式にココリコと書くべきか)と鳴くのを目にしたときは、衝撃を受けたものだ。(ちなみに、鶏は回転していないので、地球儀と鶏の映像を合成したもののようだが、ひょっとしたら下半身の安定した鶏をつかったのかもしれない)。
長年映画を見てきて、なんでも知っているつもりになっていたが、こんなことも知らなかったのかと、そのときは思った。しかし、実際のところ、かなりの映画ファンでも、一生このロゴを目にしない人も少なくないに違いない。RKO Pathé でつくられた作品はほんの一握りしかないからだ。
RKO というのは、その前身をたどればサイレント時代のミューチュアル・フィルムあたりにまでさかのぼることができるかもしれないが、基本的には、トーキー以後に誕生した映画製作会社である。この会社が設立に至る経緯はとても複雑なので詳しくは書かない。簡単にいうなら、Photophone という独自のサウンドシステムを開発していた RCA (Radio Corporation of America ) が、28年、すでにトーキー映画にはいっていた ワーナー や FOX に対抗できる映画スタジオをつくるために、FBO (JFK の父親ジョセフ・P・ケネディが有していた映画スタジオ)と、劇場チェーン KAO (Keith-Albee-Orpheum) を合併吸収した結果として誕生したのが、RKO (Radio-Keith-Orpheum) Pictures であった。
その過程において、アメリカで映画事業を展開していたパテの映画製作部門も RKO に合併されたのである。ここからがまたごちゃごちゃするのだが、その後、アメリカン・パテは、ジョセフ・P・ケネディが所有することになり、ケネディはパテを、カルバー・シティ・スタジオにうつし、映画製作をはじめる。しかし、ケネディは 31 年、パテをカルバー・スタジオともども RKO に売却して、この事業から手を引く。こうして、生まれたのが RKO Pathé である。
IMDb で調べると、RKO Pathé でつくられた作品は、31 年から 57 年まで、百数十本ほど存在する。しかし、それらのかなりの部分が 10 分程度の短編であり、また、RKO Pathé は、32 年にはすでに、短編とドキュメンタリーのみに製作を絞る方針を打ち出していた。だから、RKO Pathé のロゴではじまる『栄光のハリウッド』のような長編劇映画がつくられていたのは、31 年から 32 年にかけての、たかだか1年あまりのことにすぎない。意識して探して見なければ、偶然、RKO Pathé のロゴを目にすることはほとんどないといっていいだろう。(ちなみに、リチャード・フライシャーのデビュー作の短編も、IMDb ではたんに RKO となっているが、正確には、RKO Pathé 作品である。彼の自伝『Tell Me When to Cry』には2ページ目から Pathé の文字が登場する。いってみれば、フライシャーはパテ・ベイビーだったのだ。)
日本映画でいうと、かつてほんの一時期だけ、第二東映というのが存在した。東映の一部なのだが、オープニングが東映とはちがっていて、たまにそれを目にすると、なにか得したような気になったものだ。
第一次大戦まで、パテは世界の映画市場を支配していたといっていい。しかし、RKO が誕生する 20 年代末には、どうしようもない経営危機に陥っていた。創設者のシャルル・パテは、29 年には、すべてを売却して、リビエラに引退している。シャルルからパテを買収して、フランスでの事業を引き継いだのは、ユダヤ人の映画プロデューサー、ベルナール・ナタンだった。反ユダヤ主義の攻撃にもめげずに、ナタンは会社を建て直すのだが、第二次大戦においてナチがフランスを占領した際につかまり、アウシュヴィッツ送りになってしまう。だが、それはまた別の話だ。
一方、30 年代 40 年代に、『キングコング』やアステア&ロジャースのミュージカルで黄金時代を築いた RKO も、第二次大戦後になると、急速に経営が悪化し、48 年にハワード・ヒューズの手に渡ると同時に、彼のワンマン経営によって完全に息の根を止められてしまう。このころ、過去の RKO 作品の多くが売却されて、人手に渡っている。のちに、それらの作品は、テッド・ターナーの所有するところとなる。現在、ワーナーから続々と発売されている DVD シリーズ、"Warner Archive Collection" に、実は、RKO 作品が多数まじっているのは、そういう次第からだ。
しかし、残念なことに、ワーナーから出ているこれらの RKO 作品の DVD は、どうやら日本では発売できないらしいのだ。詳しくはわからないが、あの IVC が日本での RKO 作品のソフト販売権を所有していることが、その原因らしい(パブリックドメインになっている作品の、正式ではないプリントからつくられる廉価版 DVD などは、このかぎりでない)。どこからでもちゃんとしたものが出るならそれでいいのだが、IVC はワーナーが所有している『市民ケーン』などの、RKO 作品のクオリティーの高い DVD を日本で出す気はさらさらないようだ。だから、あの素晴らしい2枚組のワーナー版『市民ケーン』は、IVC が潔くすべての権利を放棄して、さっさと消滅してくれないかぎり、日本では発売することができないというわけだ。なんてことだ。