明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

試訳(2)

(承前)この場所で、『四枚の羽根』(ゾルタン・コルダ、39)は心の壁紙のような役割を果たしている。君はこの映画を見ている。何度も見過ぎて、映画の中に住んでいると言っていいぐらいだ。この映画は、自分の身に起きたはずのことを語っているように思える。君は由緒ある軍人一家に生まれた若者だったが、自分には戦士となる勇気が欠けているのではないかと思うと不安でたまらなかった。君の少年時代はこの不安のせいでさんざんなものだった。夜ごと、寝床に向かうたびに、ずらりと並んだ先祖の勇者たちの肖像画の前を通らなければならなかったのだ。そういうわけで、友人たちがみなそろってキッチナー部隊*1に加わりスーダンに遠征したとき、君は逃げ出し、将校を辞任してしまう。君の言い分はこうだ。自分は婚約者のエスネを愛している。ただ彼女と一緒に地方の上流社会でのんびり暮らしたかっただけなのだ、と。君は、政府の植民地主義にはどうしても賛成しかねるところがあるとほのめかしさえする。しかし心の底では、それが本当の理由ではないことを知っていた。3人の友人から君あてに、臆病者を意味する3枚の白い羽根が入った小箱が送りつけられてきたとき、状況は耐え難いものになる。エスネまでが、君への信頼を失ってしまったことをあからさまに態度で示すようになると、君は彼女の扇から羽根を一枚抜き取り、それを4枚目の羽根にしたのだった。
 こうして君はエジプトに姿を消す。そしてナイル川でダウ船をこぐツィンガリ*2の奴隷労働者に姿を変える。ツィンガリたちはみな舌を引き抜かれていて、アラビア語を話す必要がないのだ。すべて予定通りである。やるべきことは抜かりなくやった。君はあえて空腹と飢えに苦しんでみせる。打ちのめされ、侮辱され、投獄され、誰からも忌み嫌われてみせる。それもこれも、君を見捨てた友人たちと大英帝国を救うために必要な準備だったのだ。君は自分が勇敢であることを見せつけやる。
 あまりに見事に見せつけたので、君が受けてきた屈辱が、どういうわけか今度は、3人の中で最初に白い羽根を送りつけてきたラルフ・リチャードソンへと向けられる。彼が受けた罰は盲目になることだった。そしてエスネの愛を失い(いずれにしても、それは形だけの結婚になっていただろうが)、最後には、目の手術のためにドイツに行かなければならなくなったという口実で、婚約を解消することを決意するのだ。この自己犠牲において、リチャードソンにもっとも甘美な瞬間がおとづれる。彼はブライユ点字法を学んだことを示すために、『あらし』の次の一節を読んでみせるのだ。



  この島はいろんな音でいっぱいだ。
  楽しませてくれるだけで、悪さはしない。
  ときには千もの楽器が一斉に耳元で鳴り響く。



しかし、ブライユの点字法は、ことをあまりに容易なものに、労せずして手に入るものにしてしまうだろう。リチャードソンは、学生時代からその一節を暗記していたことを認めなければならなかった。それでこそ、この瞬間は申し分のないものになるのだ。



 1902年にA.E.W.メイソン*3によって書かれた小説を元に、1939年にアレクサンダー・コルダが製作したこの映画、サイレント時代に少なくとも3度、トーキー以後にさらに3度映画化され、一番最近では、1977年にボー・ブリッジス主演でテレビ映画化されたこの作品に、いかなる運命によって君は、たとえつかの間とはいえ心奪われてしまうのだろうか。そして、この作品の変遷をながめることで、君はいかなる知識を得たのだろうか。
 1885年、マフディ*4の率いる狂信的な戦士たちがハルツーム*5の防御を破って、〈中国の〉ゴードン*6を虐殺したとき、A.E.W.メイソンは20歳そこそこだった。(『四枚の羽根』のなかではほんの通りすがりに描かれるだけのこの歴史的事件が、最初でおそらくは最後に、完全な形で映画に描かれるには、1966年の『カーツーム』を待たなければならないだろう。)「〈中国の〉ゴードン」という呼び名が示しているように、自軍を率いて北京を陥れ、太平天国の乱を鎮圧するのに成功していたゴードンは、このときすでにどこか虚構の人物めいた存在になっていた。おそらくは、後の世代にとってのメイソンと同じぐらい、すでにエキゾチックな存在になっていたのである。もともとは大工の息子で、後に宗教的予言者となったマフディは、彼の元に集まった志願兵たちを率いて、ゴードンの守るスーダンをたちまちのうち占領してしまったのだから、きっと想像もつかないぐらいエキゾチックな存在に思えたに違いない。
 たぶん20歳のA.E.W.メイソンは、マフディが宗教的かつ世俗的な権限を主張していた土地を舞台に、自分がベストセラー小説を書くことになるとは思ってもみなかったろう。1902年の時点でメイソンが、映画というものが存在することをかすかに知っていたとしても、自分の小説が6回も映画化されることになろうとは、わかっていなかったはずである。マフディもゴードンも、自分たちの運命(彼らはおそらく、それをもっぱら宗教的、あるいは地政学的な言葉でしか考えていなかっただろう)が、フィクションの領域で独自に存在しはじめ、非常にポピュラーな小説の元ネタになり、その小説が今度は、ゴードンの死語10年後になってやっと現れるメディア、すなわち映画の中で繰り返しリサイクルされようとは、おそらく考えたことがなかったろう。
(この点に関して言うならば、マフディとゴードンに先見の明があったにしても、ハルツームの出来事から100年足らずのうちに、世界的に配給され〈ロードショー公開された〉映画*7の中で、自分たちがローレンス・オリヴィエチャールトン・ヘストンによって演じられることになるかもしれないなどと想像したことはなかったであろう。ましてや、英国人であるローレンス・オリヴィエが、役者魂から、マフディの生き写しに見えるようにアラビア語を勉強することや、『カーツーム』の公開される1966年までに、英国の製作会社が、興行収入のことを考えて、英国人であるゴードン将軍役にアメリカ人の俳優をキャスティングする必要があると考えるようになることなど、知るよしもなかったろう。)
 


『四枚の羽根』を見ていないと、多少わかりにくい部分かもしれない。戦争冒険映画の傑作である。この機会に見ておいて損はないと思う。500円DVDで出ているが、精細感のない画質で、ブロック・ノイズもちらほら現れる。あまりお薦めはできない。なので、ここではアイ・ヴィー・シー版(未見)を紹介しておいたが、テクニカラー屈指の作品と言われるこの映画を堪能するためにも、できればMGM版で見てほしいところだ。

*1:英国の陸軍元帥キッチナーが、第一次世界大戦の初めに Kitchener wants you. という標語で多数の応募兵を集めて作った部隊のこと。

*2:原文では Zingari となっているが、資料によっては Sangali となっているものもある。調査中。

*3:1865-1948; 英国の作家; 冒険小説 The Four Feathers (1902), 推理小説 At the Villa Rose (1910) などで有名。

*4:イスラムの救世主マフディを自称し、スーダンに1898年まで続いた独立政府を樹立したイスラム教徒の対英反乱指導者 Muhammad Ahmad(1844-85)のこと。

*5:スーダンの首都。英語ではカーツームと発音する。

*6:1833-85; 英国の軍人・将軍; 中国で太平天国の乱を鎮定, 後スーダンハルツームでマフディの反乱軍に襲われて戦死; Chinese Gordon とも呼ばれる。

*7:『カーツーム』(ベイジル・ディアデン監督、ローレンス・オリヴィエチャールトン・ヘストン主演、66)のことを指している。