明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

セルジュ・ダネー『L'Exercice a ete profitable, Monsieur.』


出版当時に買っておきながら部分的にしか読んでなかったセルジュ・ダネー『L'Exercice a été profitable, Monsieur.』をやっと真剣に読みはじめた。日記形式の記述ゆえの読みやすさと読みにくさ(この本は、1988年から1991年まで書き継がれた映画日記の形を取っている)。

どのページにもハッとする記述があって、なかなか読み進まない。たとえばこんな箇所。


「映画を見るとは、旅することだ。それは同じことなのだ。旅するのであって、逃避したり逃げるのではない。旅とは〈あいだ〉にあることであり、つまりは保護されているのであって、旅するとは、旅そのものを愉しむためには目的を持たねばならないことを知ることなのだ。映画についても同じだ。ショットとは、列車の車両の揺れだ。映画を見るとは旅することなのだ。他の人びと、普通の観客にとっても、これは真実だ。だが彼らは、旅を消費する観光客になってしまった。彼らは、映画がエキゾティシズムの戦慄を〈与えてくれる〉ことをもはや期待していないし、作品がその(ゆっくりとした)リズムで導いてくれることを期待してもいないのだ」

(ちなみに、ダネーの『シネ・ジャーナル』にドゥルーズが書いた序文は、「オプティミズム、ペシミズム、そして旅」と名付けられている。旅が嫌いだったドゥルーズと、世界中を旅して回っていたダネー。)


あるいは、こんな箇所。

「昔の映画でもっとも美しい作品(いま真っ先に頭に浮かぶのは、『狩人の夜』と『奇跡』だ)の何をわたしは心にとどめているのか。それらの映画が、思いがけないと同時に宿命的でもあるようなショットによって、無数の面の上を同時に進行することである。悪い映画では、何も動かない。シナリオの編成が場面(タブロー)を動かすだけだ。すぐれた映画においては、少なくとも一つの要素が動き、それが、誇らしげに、あるいは恭しく、タブロー(実際には動かないタブロー)の残りの部分を瞬間ごとに再発見させてゆくのだ」


この〈何かが動く〉(Ça bouge)という言い回し、すごくよく分かる。映画に感動するってのはそういうことなんだ。しかし、これを説明しようとすると、どうしていいかわからない。〈動く〉というのは、もちろん、アクション映画みたいに画面に映ってるものが動くことではない。なにも動かない画面を前にして、不意に何かが動き出す、といったことは、映画では少なくないのだ。だからといって、アクション映画では何も動かないということにはならないのだが……。


という具合に、この本を読んでいると、いろいろ考え込んでしまってなかなか読み進まない。宿題ばかりが突きつけられていく感じだ。