明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

Gerald Kargl『Angst』


Gerald Kargl『Angst』(83)。


オーストリアの監督 Gerald Kargl が撮った唯一の長編。精神病院から退院したばかりの狂人が、殺人衝動を抑えきれずにその日のうちに次々と人を殺してゆく様子を淡々と描いた作品で、公開当時、各地で上映禁止になり、その後、ほとんど上映される機会もなく、呪われた作品とされていた。最近になって再評価され始め、今年、あのカルロッタから DVD が出たばかり。

こういう主人公を扱った映画は今では珍しくないが、ふつうなら主人公の行動と平行して警察の捜査が描かれるとか、彼の行動を怪しむ隣人が登場するとかして、サスペンスを盛り上げる工夫を多少ともするものだが、この映画にはそういう意思はまったく感じられない。キャメラは、主人公の行動を間近からとらえることだけを意図しているようだ。

セリフらしいセリフがほとんどないかわりに、全編にわたって使われている狂人のモノローグが、観客をさらに主人公の異常な精神状態へと近づける。主人公を取り巻くように360度回転する特殊な装置を使って撮影されたキャメラワークが、現実遊離的な不思議な感覚をもたらしている。

残忍な殺人描写は今見てもショッキングで、ホラーファンは必見の映画だろう。しかし、「カイエ・デュ・シネマ」に載った記事のように、ヘルツォークや、ましてムルナウの『ノスフェラトゥ』を引き合いに出して語るような作品かどうかは、大いに疑問だ。なので、ホラーファン以外にはあえて薦めはしないが、興味深い作品であることは確かである。

それから、音楽をあのクラウス・シュルツェが担当してることも特筆すべきだろう。ただし、本人は、曲を作ったあとで作品を見て、絶句したとか。まさかこんな映画になるとは思っていなかったらしい。

(フランスでは『Schizophrenia』というタイトルで知られている。下写真はカルロッタから出ている DVD。Blu-ray 版 あり。)