DotDash メールマガジン第4号の連載では、フォルーグ・ファッロフザードの『あの家は黒い』(62)という映画について書きました。フォルーグ・ファッロフザードはイランの高名な女性詩人で、キアロスタミの『風の吹くまま』のタイトルは彼女の詩の一節から取られたものです。
『あの家は黒い』は、彼女が生涯でただ一度だけ監督したわずか22分の作品で、イランのハンセン病療養所を描いた、ある意味、目を背けたくなるようなドキュメンタリーですが、それと同時に、様々なイメージと声と音とが創り出す詩的宇宙とでも言うべき世界が見るものを魅了する作品になっています。
イランの現代映画の始まりを告げる重要な作品として、マフマルバフらのイランの映画作家たちのみならず、ジョナサン・ローゼンバウムやクリス・マルケルといった海外の映画人からも高く評価されている作品です。
最後の部分だけ引用しておきます。
「この映画は、おそらくイラン映画史上、同時録音の音声が用いられた最初の映画の一つである。キャメラに向かって静かに進んでくる車椅子の金属音、子供が乗った一輪車の走る音、石で作ったチェスのコマが打ち付けられる音、結婚を祝う太鼓や笛の響き、様々な物音や歌声が映像と共鳴する。
ラスト近く、患者たちの一団がキャメラに向かって、つまりは映画を見るわれわれに向かって静かに歩み寄ってくる。そして、まさに門をくぐろうとした瞬間、彼らの目の前で、というよりもわれわれの目の前で、突然扉が閉ざされるのだ。その扉には、「ハンセン病コロニー」という文字が刻まれている。その重い扉が閉まるときの、きぃーっときしむ金属音を、わたしは忘れることが出来ないだろう。」