DotDash メルマガ第7号では、アラム・アヴァキアンの『エンド・オブ・ザ・ロード』という映画を取り上げた。
『エンド・オブ・ザ・ロード』は、トマス・ピンチョンと並び称されるアメリカの現代作家ジョン・バースの『旅路の果て』を、アルメニア系アメリカ人アラム・アヴァキアンが、『イージー・ライダー』の脚本家テリー・サザーンと共に脚色し、時代設定を原作の50年代から60年代末に移し替えて映画化したインディーズ作品。
公開当時こそ、一部の批評家たちから高い評価を得たものの、批評家ポーリン・ケイルによって酷評され、おまけに、今見るとどうということのない数シーンのために成人指定を受けてしまったことが災いして、その後、上映されることもほとんどなくなっていたこの幻の作品が、にわかに注目を浴びることになったのは、昨年、スティーヴン・ソダーバーグの尽力によってこの映画がついに DVD 化されたからだ。
ベトナム戦争や人種暴動などによって疲弊しきっていたこの時代のアメリカの精神を良くも悪くも見事に描き出している映画といっていいだろう。大傑作と言う気はないが、見れば忘れがたい印象を残す作品だ。
一部を引用:
「冒頭、ベトナム戦争や、人種問題に端を発した暴動やデモの映像、ポップアートふうに反転し点滅するアメリカ国旗などのイメージが矢継ぎ早にモンタージュされる一方で、角帽をかぶった卒業生ジェイコブ・ホーナー(ステイシー・キーチ)が、大学の卒業式のお祭り騒ぎには目もくれず、まったくの無表情でキャンパスをゆっくりと歩いて出て行く様子が映し出される。かれがどこかおかしいとハッキリわかるのは次のシーンだ。ジェイコブは駅のホームで直立不動の姿勢をとって列車を待つ。しかし列車が到着してもかれはその姿勢を崩さず、無表情のままじっとそこにたち続ける。ビリー・ホリデイの “Don’t worry ’bout me” が流れ、ナチスの台頭やホロコースト、JFKの暗殺、キング牧師の葬儀などのニュース映像とジェイコブの(というかキーチの)幼少期の写真が次々にモンタージュされてゆく。やがて日が暮れ、あたりが真っ暗になってもかれは駅のホームから微動だにしない。それはまるで、押し寄せてくるイメージの氾濫に抵抗しているようでもあり、自分の行き先がわからないことを身体全体で表現しているようでもある。」