エルマンノ・オルミ『時は止まった』(59)
エルマンノ・オルミが1959年に撮った長編デビュー作。
第二次大戦で父親を亡くしたオルミは、家計を支えるために、10代の頃から電力会社エディソン・ヴォルダ社で働き始める。皮肉なことに、というか、われわれにとっては幸運なことに、これが、彼が映画の道に進むきっかけとなったのだった。
オルミは最初、会社がスポンサーになっている演劇活動に参加し、ミュージカルの演出を担当したりしていたが、1953年にエディソン・ヴォルダ社が映画部を創設すると、やがてそこの映画部長となり、つづく7年間のあいだに30本に及ぶ短篇PR映画を制作することになる。
『時は止まった』も、最初はそんな短篇ドキュメンタリー映画の一つとして撮られはじめたのだが、オルミはこれを長編劇映画にしようと考える。そのようにして完成したのがこの映画だった。
まず驚くのは、この映画がシネマスコープ・サイズで撮られていることだ。別に調べていたわけではないのだが、『就職』や『木靴の樹』見ていた印象から、オルミは少なくとも初期のあいだはずっとスタンダード・サイズで映画を撮っていたものと信じていたので、シネスコの画面が現れたときには、最初これはなにかの間違いじゃないかと思ったくらいだ。
映画の舞台となるのは、アルプスの雪山に囲まれた電力発電のためのダム工事現場。思ったよりも冬が早く来たために工事が中断され、今は、山小屋に監視役の作業員が2人いるだけである。そのうちの1人が山を下りるところから映画ははじまるのだが、交代に来るはずだった別の作業員が、女房が急に産気づいたために来られなくなる。代わりにやってきたのが、まだ年端のいかない若者だった。
こうして、いかにも昔風の職人気質の中年男と、見るからに軽佻浮薄そうな若者の、2人だけの共同生活が始まる。雪以外に辺り一面何もない世界、たった2人の登場人物、何の事件も起きない物語。オルミは、この何もなさを強調するためにあえてシネマスコープ・サイズを選んだのに違いない。
普通なら話をすることも、出会うことさえなかったかもしれない2人が、この閉鎖的状況の中で、数日のあいだ顔をつきあわせることになる。まるでかみ合わない2人が、互いへの好奇心を隠しながら、徐々に心を開いてゆくまでが、タチやピエール・エテックスを思わせるユーモア感覚で描かれてゆく。いかにもオルミらしい暖かさにあふれた作品だが、見終わったあとに思わずにやけてしまうようなこの感じは、これ以後のオルミ作品にはちょっとないものかもしれない。
吹雪の夜、若者のほうが病気になり、教会で中年男がかれを看病する場面。不意に明かりが消え、男が燭台の蝋燭にあたりを灯すと、暗闇の中に聖母子像が浮かび上がる瞬間が美しい。