明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ジョセフ・ロージー『拳銃を売る男』

ジョセフ・ロージー『拳銃を売る男』
Imbarco a mezzanotte (Stranger on the Prowl/Encounter) 52


『大いなる夜』撮影時にすでに自分の名前が日米活動委員会のブラックリストに載ることを知っていたロージーは、アメリカから逃げるようにして次作をイタリアに撮影しに行く。それがこの『拳銃を売る男』である。すでにブラックリストに名前が載っていたロージーは、アンドレア・ファルサノという偽名でこの映画を撮ることを余儀なくされた。一説によると、この作品はブラックリストに載った映画作家によって初めて海外で撮られた作品であるという。ロージーの長い長い亡命生活はこの作品とともに始まったのである。

製作会社のリヴィエラ・フィルムズというのはどうやらブラックリストに載せられた作家たちが海外で映画を撮るために作り上げた会社らしいが、詳細は不明である。『拳銃を売る男』は全編イタリアで撮影され、製作国は正式にはイタリアということになるのだろうが、プロダクション自体が亡命アメリカ人たちの隠れ蓑のような会社であり、主演は往年のハリウッドのスター、ポール・ムニという、もはやイタリア映画ともアメリカ映画とも言い難い曖昧なものになっていて、それがまさにこと時のロージーの置かれていた状態をいみじくも表しているといってもいい。

正直言って微妙な作品である。ロージーのフィルモグラフィーの中ではマイナーな一本だと言っていい。しかし、魅力的な部分があるのも確かである。

映画は、名もない流れ者(ポール・ムニ)がとある港町にやってくるところから始まる。無一文の男は持っていた拳銃を売って金にしようとするがそれもうまくいかない。パンを盗み食いしているところを見とがめられて、パン屋の女を衝動的に殺してしまった男は、サーカス見たさに町をうろついていた貧しい家庭の少年(彼も直前にそのパン屋で牛乳を盗んでいて、罪の意識を感じている)と偶然知り合い、親子を装ってサーカスに潜り込むが、やがてそこに警察の捜査の手が迫ってくる……。

戦後のイタリア社会を少年の目を通して描く前半は、まるでデ・シーカのネオ・レアリズモ映画のようであり、ロージーらしいところはあまり感じられない。少年のいかにも自然な演技はネオ・レアリズモ的だが、それに比べるとポール・ムニ(ロージーのインタビューによると、現場では少年と全くそりが合わなかったらしい)の演技はいかにも古めかしく思え、ちぐはぐな印象を与える。しかし、映画は次第にサスペンス色をましてゆき、ロージーが撮ったフィルム・ノワール作品に少しばかり近づいてゆく。特に素晴らしいのは、ラストでムニがイタリアの瓦屋根を伝って逃亡を図る夜のシーンである。日本の時代劇を別として、イタリア映画ほど瓦屋根を美しく見せてくれる映画はほかにない。撮影は、フランス映画を代表するキャメラマンで、『ベルリン・天使の詩』などでも知られるアンリ・アルカン