明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

沢島忠『間諜』


沢島忠『間諜』(64) ★★


なんというか、単純に面白かったですね。

ベテラン監督沢島忠による時代劇なんですが、タイトルからもわかるようにスパイ映画でもある、そういうちょっと変わった作品です。


1964年の作品だから、東映がいわゆる集団時代劇によって新風を吹き起こしていたというか、その最後のあだ花を咲かせようとしていたときに撮られた映画ですね。東映が時代劇から任侠映画へとシフトしていくちょうどその境目で、試行錯誤が重ねられ、ときに実験的な試みも行われる。そういう背景の中から現れた時代劇の一本と言っていいでしょう。

いわゆる明朗時代劇とは全然違うし、また集団時代劇とも違うアクション時代劇ですが、山根貞男が集団時代劇に見た「死との戯れ」「陰惨な活劇性」といったものは、明らかにこの作品にも存在しており、その意味では、『十三人の刺客』などの作品と同じ空気が感じられる映画と言えます。


3人の間諜=スパイが主人公の映画で(スパイを演じるのは、内田良平松方弘樹緒形拳。今でこそ豪華な顔ぶれですが、この当時はそれほどでもなかったはずです)、その意味では、たしかにスパイ映画なのですが、忍者映画に近い部分も多分にあります。情報戦というよりは、アクションに重きが置かれて作られているスパイものといってもいいでしょう(そもそもこの頃は情報といっても、盗み出すべきテープもマイクロチップもなかったわけですし)。

しかし、松方弘樹が敵に捕まった仲間を助けに行く場面での、下水口(?)の柵越しのショットとか(ワイダの『地下水道』のラストのような)、内田良平と松方が垂直の断崖をロープ(というか、縄)一つでロッククライミングしていく場面などは、時代劇ではあまり見たことのない画面であり、今見てもなかなか新鮮です。あと、松方と野川由美子が、あれは何というのでしょうか、雨露に濡れた製糸場のような場所の間をゆっくりと歩きながら、初めて愛を確かめ合う場面も忘れがたいですね(どちらかというとかなりドライに作られているこの映画で、珍しく情感のあふれる場面です)。

阿波踊りの盛り上がりをアクションに転化させていくところなどは、マキノの『阿波の踊子』を思い出させますね。


ちなみに、沢島忠はこの前年に鶴田浩二高倉健主演で『人生劇場・飛車角』を撮っており、これが任侠映画の始まりとされています。山根貞男は、集団時代劇に描かれた「死との戯れという要素」は、「任侠やくざ映画の内部」へととめどなく内向してゆくと分析していますが、そういうふうに見ると、この映画のラストで松方弘樹がたった一人で敵陣に突っ込んでいくシーンは、任侠映画のクライマックスのようにも見えてきます。