明るい部屋:映画についての覚書

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ドン・シーゲル『地獄の掟』――アイダ・ルピノと Filmmakers についての覚書


ドン・シーゲル『地獄の掟』(Private Hell 36, 54) ★½


実は見るのは今回が初めて。大好きなドン・シーゲルの未見の作品ということで、かなり期待したのだが、正直、がっかりするできだった。

なぜか『第十一監房の暴動』のような監獄ものだと長い間思い込んでいたので、大金を奪って逃走している強盗犯を追う2人の刑事の話だとわかって驚く。ふたりの刑事役にスティーヴ・コクランとハワード・ダフ。犯人の顔を見ている唯一の目撃者として、アイダ・ルピノが出演している。ルピノはこの作品の脚本も書き、プロデューサーでもあった。

追い詰められた強盗犯は車ごと転落して即死するのだが、刑事のひとり(コクラン)が、犯人の持っていた強奪金に目がくらんで札束の一部を懐に入れる*1。それを見とがめたもう一人の刑事(ダフ)も、結局、ずるずるとそれを黙認してしまう。ためらいもなく一線を越えてどんどん堕ちてゆくコクランと、罪の意識に苦しみつづけるダフ("private hell" というのは罪の意識を表している言葉なのだろう。「36」はふたりが金を隠す宿泊用のキャンピングカーの番号である)。

悪徳警官なら、ロージーの『不審者』(51) や、ジョン・クロムウェルの『脅迫者』、以前に紹介した『眠りなき街』(52)、あるいはこの映画と同じ年に作れたクワインの『殺人者はバッヂをつけていた』など、50年代に作られた犯罪映画やフィルム・ノワールにたびたび描かれてるので、それほど新鮮なテーマではない。しかし、脚本はそれなりによくできているし、コクラン、ダフ、ルピノの3人も素晴らしい演技を見せている。いったい何が悪かったのだろうか*2。シーゲルは『仮面の報酬』の頃からすでに十分な才能を見せていたし、これと同じ年には『第十一号監房の暴動』(54) という傑作も撮っているのだから、つい比べてしまう。リュック・ムレは、シナリオ上のハイ・ポイントと演出上のハイ・ポイントがずれているという言い方をしていたが、それもいまいちピンとこない。まあ、こういうこともあるとしかいいようがない。

たしかにアクション・シーンの切れはいいが、見所はそこだけだという気もする。バーネット・ガフィの撮影もときおり冴えを見せることはあるが(とりわけ、冒頭の闇の中にぼわっと浮かび上がる車とか)、全体としてテレビ映画の画面を見ているように平板である。残念だがとても傑作とは言えない。リュック・ムレはB級映画のマニアとして知られているが、そのかれでさえ、当時「カイエ」に掲載された批評を、「次回作に期待しよう」という言葉で結んでいる。それはまあ妥当な評価じゃないかと思うのだが、たとえば Amazon のレビューアーは★5つの大絶賛をしているから、驚く。ドン・シーゲルだと思って見ると必要以上に面白く見えてしまうのだろうか。





1949年、アイダ・ルピノは作家でプロデューサーの夫コリア・ヤングらとともにインデペンデントの映画製作会社エメラルド・プロダクションズを設立。製作第一作として低予算のフィルム・ノワール『The Judge』(49, 監督エルマー・クリフトン)を発表すると、同じ年に、今度は社会派のメロドラマ『Not Wanted』を同じくクリフトン監督で製作する。ルピノはこの作品で脚本に参加していただけだったが、クリフトンが心臓発作で倒れたあと、監督を途中から引き継いだ(クレジットは、クリフトンの単独監督になっている)。

『Not Wanted』を作り終えると、ルピノとヤングはエメラルド・プロダクションズを離れ、49年8月に、ふたりで新しい製作会社フィルムメーカーズを立ち上げる。第一作の社会派メロドラマ『Never Fear』は、ルピノとヤングが脚本を書き、ルピノが監督した。これがルピノの公式のデビュー作であり、彼女はこの作品によって監督協会(ディレクターズ・ギルド)二人目の女性監督に名を連ねることになった。

『Never Fear』は RKO の興味を惹き、フィルムメーカーズはつづく5作品について、収益の50%と引き替えに、RKO からの資金援助、撮影設備の提供、配給の便宜を受けるという契約を交わす。このあとのルピノの監督としての活躍ぶりは割とよく知られている。『暴行』(50) では強姦被害に遭う若い女性を描くという大胆なテーマに挑み、『Hard, Fast and Beautiful』 (51) では、テニス選手である娘の才能につけこむ野心家の母親をとりあげ、『ヒッチ・ハイカー』では、実在した殺人鬼の実話に基づいて作られた物語を、Motion Picture Association of America (MPAA) の反対を押し切って製作。そして、RKOとの契約下におけるフィルムメーカーズ最後の製作作品『二重結婚者』では、重婚者とそのふたりの妻の葛藤を描いた。つねに斬新なテーマを大胆に取り上げつづけたアイダ・ルピノは、単に女性監督という珍しさからだけではなく、一監督として、今では高い評価を得るに至っている。

『二重結婚者』の翌年に、ヤングとルピノの脚本、ドン・シーゲル監督で作られたこの『Private Hell 36』は、フィルムメーカーズが最後から2番目に製作した映画だった*3。批評は芳しくなく、「ニューヨーク・タイムス」では、“just an average melodrama about cops.” と酷評された。フィルムメーカーズは翌年の『Mad at the World』 (55) を最後に活動を停止する。

*1:このシーンでは、最初に風で散らばった紙幣を2人に集めさせ、そういうふうにして不可抗力でまず札に手を触れさせてから盗ませるところが自然でリアルだと思った。

*2:シーゲルの自伝には、『第十一監房の暴動』で初めて監督として成功を収めたシーゲルに、大女優アイダ・ルピノから突然この映画の監督を依頼する連絡があり、舞い上がってしまったことが書かれていて、ちょっと笑ってしまう。とても断れるような力関係じゃなかったなかで(あっちは大女優だし、こっちは駆け出しの監督だった)、シーゲルは未完成の脚本に納得できないまま仕事を引き受けてしまい、現場の雰囲気も最悪だったらしい。ショットを分けるか分けないかなど、演出上の点でシーゲルとルピノはことごとく対立し、全然思うように撮れなかったという。

*3:ピノはこのときすでにヤングとは離婚していて、ハワード・ダフとつきあっていた。映画のなかでは、ルピノの相手役はダフではなくスティーヴ・コクランだから、ややこしい。