シャフラム・モクリ『Fish & Cat』(Mahi va gorbeh, 2013)
★★½
全編ワン・カットで撮られたイラン製ホラー映画(といっていいのだろうか?)。好奇心で見たのだが、意外と面白かった。
イランのレストランで人肉の料理を出していたコック数人が逮捕されるという事件があったことを伝える字幕が冒頭に現れる。
カメラは最初、人気のない場所にぽつんとある小屋を捉える。建物の前に長椅子が並べられていて、そこに2人の男が立っている。あたりには、中が血のように赤く染まっているナイロン袋が2つ3つ無造作に置かれている。2人はレストランのコックで、ナイロン袋の中には食材が入っているだけなのかもしれないが、なにやら不気味だ。
するとそこに、少し離れた道路に止まった車から若い男が下に降りてきて、コックらしき男に道を尋ねる。かれは友達数名で凧揚げコンテストのキャンプ場に向かう途中で道に迷ったという。男は青年に免許証を見せろといい、青年がためらいがちに手渡すと、それをひっつかみ、汚れているといって、つばを吐きかけてシャツで拭こうとする。シャツの胸元にはべっとりと血がついている(コックならばそれも不思議はないが、やはり気味が悪い)。男は青年の免許証を、まるで人質にでもするかのようにもうひとりの男に手渡す。男は青年を何とか小屋の中に引き入れようとするが、もうひとりの男が小声で、「人が多すぎるから、いまはやめておけ」と囁く。青年はやっと解放されて、仲間の乗った車でその場を去る。
まるで、『悪魔のいけにえ』のような始まり方だ(もっとも、カメラは小屋の中には入らない。それどころか、この映画には屋内シーンは1つもなく、カメラは屋外を動き回るだけである)。
コックの男は赤く染まったナイロン袋を片手にもち、もうひとりの男と並んで、レストラン裏の森の道をどこかに向かって歩き始める。カメラは2人の背中を、カットすることなく追い続けてゆく。やがて彼らは森を抜けて、湖畔のキャンプ場にたどり着くのだが、実は、ここは先ほどの若者たちが向かっていた凧揚げコンテストの参加者たちがキャンプしている場所なのである……。
こうしてカメラは、キャンプ場の若者たちと、不気味な2人の男、さらにはその仲間らしき薄気味の悪い双子(?)などが、不意にフレームの中に入ってきて、ときにはかりそめの会話を交わし、また消えてゆくのを、切れ目なしに追いかけつづける。
「魚と猫」というタイトルは、獲物と捕食者の関係をさしているのではないかと思うのだが、ひょっとしたら思いもかけない深い意味があるのかもしれない。それはともかく、冒頭の字幕と、赤く染まったナイロン袋、コック男の怪しげな言動などから、観客は早いうちから何かよからぬ事が起きるのではないかと予感しはじめる。その実、決定的な出来事はほとんど何も起きないと言ってもいいのだが、ワン・カットの長回しは張り詰めた空気を途切れることなく持続させていく。
もっとも、全編ワン・カットの長回しといっても、いまのデジタル撮影の時代にはそう難しいことではなく、少なからぬ作品がすでにこの手法で撮られてきた。むろん、そうとうな準備がいるし、現場での撮影も大変であることは想像がつく。それでもやはり、デジタルで撮られたそれらの作品には、実はフィルムの切れ目をうまくごまかして繋いであるだけのヒッチコックの『ロープ』を見ているとほどの緊迫感が欠けることもたしかである。
この『Fish & Cat』にもそれは感じられる。登場人物はそれほど多くはないとはいえ、それなりの数が登場するのだが、カメラが捉えるのはほとんどの場合2人だけで、カメラは、かれらが会話を交わした後で、あるいは会話を交わしている間じゅう移動しつづけ、やがて別の2人をフレームに収める。その繰り返しなので、長回しといっても、いささか単調な印象を与えるのも事実だ。それでも、一見どうでもいいように思える出来事を描きながら、サスペンスを持続させてゆく手腕はまずまずのものであるといえる。
しかし、実は、わたしが面白いと思ったのはそこではない。実験映画のように撮られたホラーとして始まったこの映画は、後半になって思いもかけない方向に横滑りしてゆくのである。えっ、そんなところに行っちゃうの? と、ちょっと呆気にとられてしまうような不意の転調とでも呼ぶべきものが実に面白く、ラストショットも意表を突いている。本当に書きたかったのはそこの部分なのだが、それを書いてしまうと見たときの驚きがなくなってしまう。ここではあえて語らないでおく。
この映画は日本では未公開のはずであるが、ひょっとしたらどこかで上映されたことはあるかもしれない。数年前に撮られた映画なのに、DVD もなぜか入手しがたくなっている。Amazon.com では絶版扱いになっていたので、Amazon.uk のリンクを張っておいた(少し値がついている)。5年10年と待っていれば、イラン映画祭などで上映されることがあるかもしれない。とにかく、機会があれば一度見ておいて損はない映画である。