レフ・トルストイの原作を習作時代のロメールが映画化した短編。ロメールは監督・脚本のみならず、主演もつとめている。製作担当のゴダールが、ロメールの知人役で出演しているのも見逃せない。クレジットはされていないが、撮影にはリヴェットも手を貸したという。
ロメールが俳優として登場する映画はこれ以外にもあるが、この映画のかれは、怒りにまかせて食器を床にたたきつけたり、相手を殴りつけたりと、なかなかの熱演ぶりで、最後は妻をナイフで刺し殺しさえする。こんなに熱情的なロメールは見たことがない。
映画は、そのクライマックスの殺人シーンからはじまるのだが、これもまたロメール作品としては異例のことだ。ロメールはこの作品をサイレント映画として撮っていて、そこにナレーションと音楽だけを重ねるという特殊な作り方をしている。冒頭のシーンから、映画は主役であるロメール自身の声にによるナレーションとともに、かれが未来の妻となる女性とジャズ・クラブで出会う場面にフラッシュバックしてゆく。
互いに愛のないことがわかっている2人が結婚し、当然のごとく結婚生活が破綻してゆく様が描かれるのだが、ロメールのこの映画にはトルストイの原作とは異次元の陰鬱さが漂っていていささか面食らう。だれかが言っていたが、ここにはたしかに吸血鬼映画を思わせるところがある。この映画のロメールはまるでムルナウ映画のノスフェラトゥのようではないか。
ロメールは映画のなかでほとんど音楽を使わない監督なのだが、この映画では、最初から最後まで音楽が流れつづけるのもまた珍しい(もちろん、音楽はベートーヴェン)。
古典文学の映画化だが、いかにもヌーヴェル・ヴァーグの映画らしく、ここにも途中で、「カイエ・デュ・シネマ」の事務所が一瞬映し出されて、アンドレ・バザンや、シャブロル、トリュフォー、シャルル・ビッチなどが顔を見せる場面がある。これも見逃せない。
公式の場所では2回ほどしか上映されたことがなく、長らく幻の作品だったが、数年前にデジタル化されて DVD・Blu-ray でも見られるようになった。
追記(2018/12/27):
アンドレ・バザン研究においても大変貢献されている映画研究者の堀潤之氏に教えていただいたのだが、バザンが動いている姿を捉えた映像(動画)というのは、実は極めて少ないらしい。この映画にバザンが登場する場面もそんな数少ない映像の一つだという。だから、この映画は、ドキュメントとしてもとても貴重なものなのである。