明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ロバート・ワイズ『捕われの町』――50年代反共映画に限りなく近いフィルム・ノワール

ロバート・ワイズ『捕われの町』(The Captive City, 52, 未)★★

ロバート・ワイズの最高傑作の一つという人もいるフィルム・ノワールの佳作。私自身はそれほどの感銘を受けなかったのだが、実に興味深い作品である。

車でハイウェイを疾走していた主人公の新聞記者ジム(ジョン・フォーサイス)とその妻(ジョーン・カムデン)が――なんという地味な配役だろう――、近くに見つかった町の警察署に駆け込み、人に追われていて命が危ないから保護してくれと訴えるシーンから映画ははじまる。ワシントンまでエスコートしてくれる人たちを待つ間、ジムは、もしもの時のことを考えて、自分たちの身に起きた出来事をテープに残しておこうと思う。彼が物語を語り始めるとともに、映画は回想シーンに入ってゆく。

フィルム・ノワールの典型的な始まり方であるが、わたしがすぐさま思い出したのは、ドン・シーゲルがこの数年後に撮ることになるSF映画『ボディ・スナッチャー』だった。シーゲルが撮ったこの作品もまったく同じような始まり方をするからである。しかし、似ていたのはこのオープニングだけではなかった。この2作全体に漂っているパラノイアックな雰囲気が実にそっくりなのである。

この映画に描かれているのは、表面的には、ケニントンというどこにでもある田舎町*1を舞台にした、賭博絡みのマフィアの犯罪である。主人公の新聞記者は、半信半疑で真相を調べてゆくうちに、腐敗は警察内部まで浸透していることを知る。協力者は次々と殺され、警察ではかんたんに事故や自殺として処理されてゆく。マフィアの犯罪組織と直接・間接的につながっているものたちがどこで自分たちを監視しているかわからない。誰が敵なのかわからないし、誰もが敵に見えてくる。フィルム・ノワールの終焉時代(フィルム・ノワールは50年代の後半に終わるという説に従えばだが)に撮られたこの映画には、この時代に量産された反共映画に共通していたパラノイアックな息苦しい空気がみなぎっていて、見ているうちにいささか非現実的なSF映画を見ているような気にさえなってくる。実を言うと、この映画はマフィアを描いていながら、マフィアそのものはほとんど全く登場しない。それでもマフィアによる腐敗は知らず知らずのうちに町を「捕らえて」しまっているというわけだ。


神父をはじめ町の人間は誰一人頼りにならないと知った新聞記者とその妻は、そのころ民主党上院議員キーフォーバーが指揮していた犯罪対策組織員会がワシントンで開かれていることを知り、ひそかに車でワシントンに向かうのだが、そこにも追手が迫ってくる。

映画はこうして冒頭の場面に戻ってゆく。二人は結局、ワシントンにあっけなくたどり着き、そこで唐突に物語は終わるのだが、そこに突然、デスクに座った本物の民主党上院議員キーフォーバーが登場し、カメラに向かって語りかけるのである。その内容というのは、要するに、こんなどこにある田舎町(any town)にもマフィアは忍び込んでいる。気をつけろ、というもので、キーフォーバーは当時、実際に、組織犯罪対策のリーダーとして、マフィア撲滅に取り組んでいたのだった。

このエピローグによって、映画はたちまち『T-メン』のようなセミ・ドキュメンタリーふう犯罪映画に近づく。それまで見ていた本編のスタイルとのあまりの落差に、観客はあっけにとられるに違いない。

キーフォーバーの犯罪対策組織委員会はテレビで放映されて大評判になり、マフィアに対する興味がアメリカ全土に広まりつつあった。ハリウッドはそこに目ざとく反応し、マフィアを描く映画がこの時期に量産される。この映画もその一つだったのである。ギャングによる組織犯罪を描く映画は昔からあったが、それは基本的に大都市を舞台にした映画だった。キーフォーバーの活躍によってマフィアという言葉がアメリカの一般市民にとってもっと身近なものとなり、それが犯罪映画に新風といわないまでも、ちょっとした変化を与えたのは確かだろう。

実を言うと、このときキーフォーバーは、56年の大統領選挙の副大統領候補として打って出ようとしていたところであった。それを考えると、結局、全ては宣伝であったのかという、なんとも興ざめのするラストである。


ちなみに、この映画の製作会社 Aspen Pictures は、ワイズがマーク・ロブソンとともに49年に設立した会社で、『捕われの町』はその最初の製作作品だった。


*1:ケニントンという町はアメリカに存在するのだろうか。それはともかく、この映画の撮影が実際に行われたのは、ネヴァダ州のリノだった。