明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。





























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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

『砂塵』『地獄への道』


神戸映画資料館での『駅馬車』講座の日がだんだん近づいてきたので、6月は西部劇を中心に書くことにする(ただのメモに近いものだが)。

ジョージ・マーシャル『砂塵』(Destry Rides Again, 39) ★★½


『掠奪の町』や『縄張り』などのコミカルな西部劇を得意とするジョージ・マーシャルの代表作の一つ。

町の大立者(ブライアン・ドンレヴィ)による恐怖政治を、あくまでも非暴力的な方法によって解決しようとする保安官代理デストリー(ジェームズ・スチュアート)が、最後には結局、銃に頼ることになるという物語は、『リバティ・バランスを射った男』へとつながる。

ドンレヴィの悪事を突き止めた保安官(アラン・ヘイル)まで殺されてしまうに至って、ついに立ち上がった町の女たちが、手に手に棒やほうきなどを持ち、通りを埋め尽くすようにして行進し、ドンレヴィ一味のアジトである酒場へと向かうシーンがユニーク。

ディートリッヒはやはりディートリッヒにしか見えず、彼女のキャストは少しマイナスに働いているような気がする。この映画と同じ年に公開された『駅馬車』の企画を最初に持ちかけられたセルズニックは、ゲイリー・クーパーとディートリッヒを主演に望んだというが、フォードはジョン・ウェインとクレア・トレバーを使うことを頑なに主張した(結果、最終的に映画はウォルター・ウェンジャーの独立プロで製作される)。ディートリッヒで『駅馬車』が撮られていたらどうなっていたか。この映画を見るとそれが少し想像できる。ダラスを演じたのがクレア・トレバーで本当によかったと思う。

ディートリッヒ演じる酒場女の侍女の黒人(西部劇における黒人のイメージについてはいずれまとめたい)。

駅馬車』の冒頭で騎兵隊の斥候をつとめるシャイアン族のインディアンを演じていたチーフ・ジョン・ビッグ・トゥリーがここでもインディアン役として一瞬登場。彼はこの年、フォードの『モホークの太鼓』でも、クローデット・コルベールを死ぬほど怖がらせるインディアン(実はフォンダの友人)、チーフ・ビッグ・トゥリーを演じている。


ヘンリー・キング『地獄への道』(Jesse James, 39) ★★★


テクニカラーで撮られたウェスタンの最初の傑作の一つ。ジェシー・ジェームズを描いた映画はこれ以前にもあったかもしれないが、この神話的人物のイメージを最初に定着させたのは間違いなくこの映画である。

西部劇において鉄道は2つの相反するイメージのなかで描かれる。一つは、荒野を突き進みながら野蛮を打ち倒してゆく文明の象徴としての鉄道であり、もう一つは、平穏を乱し、貧富の差を生み出す悪しき資本主義の象徴としての鉄道である。『地獄への道』に描かれる鉄道は、後者の鉄道だ。

鉄道会社による強引な土地の買収によって立ち退きを迫られ、それがもとで母親を亡くしたジェームズ兄弟は、列車強盗という手段によって鉄道会社に復讐する(夕闇のなか、馬を併走させて走る列車の最後尾に乗り込んだジェシーが、列車の屋根伝いに移動してゆく場面は、映画史に残る列車強盗シーンとして、その後の類似作品に多大な影響を与えた)。強欲な資本家に対する抵抗運動という部分は、『怒りの葡萄』のジョン・キャラダインを思い出させるが、『地獄への道』にも登場するキャラダインは、皮肉にもジェシー・ジェームズを背中から撃つ卑怯者のボブ・フォードを演じている。

タイロン・パワーヘンリー・キングと組んだ映画は11本あり、これはその4本目。キングは彼に、高潔で、プライドが高いと同時に、人間的で情け深い、貴族的な人物としてジェームズを演じさせている(西部劇のロビン・フッド)。

ジェシーを支持する新聞社の存在も興味深い(新聞は『駅馬車』の最後にもちらりと登場する)。

ラングによる続編『地獄への逆襲』と、『地獄への道』とは全く異なるジェシー・ジェイムズを描き出したニコラス・レイの『無法の王者ジェシイ・ジェイムス』も必見。