明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

『ソランジェ、残酷なメルヘン』『リビドー』ほか


ジャッロ映画と呼ばれるイタリアのサスペンス&ホラーのジャンルについては、ダリオ・アルジェントやマリオ・バーヴァといった何人かのお気に入りの監督作品を除くと、あまり熱心に見てこなかった。信頼できる道案内人がいなかったというのが、その最たる理由の一つである。要するに、いろいろあってどれを見たらいいのかわからないのだ。

特に理由はないのだが、最近になって、このあたりの作品をまとめてみておきたいと思うようになった。さすがに全部見るわけにはいかないので、ネットなどで公開されている「ジャッロ映画ベスト20」などといったたぐいの、だれが作ったかもわからないリストなどを参考にしながら、代表作と言われている作品を順番に見ていっているところである。

ほんのメモ代わりだが、何かの参考になればと思って、感想を書いておく。

ジャッロ映画についてはここを参照。


マッシモ・ダラマーノ『おまえ(たちは)ソランジェになにをしたのか?(未)』(Cosa avete fatto a Solange?, 72) ★★

「ソランジェ、残酷なメルヘン」というよく分からない邦題がついている。

物語にはほとんど登場しないソランジェという女性がタイトルになっているという奇妙さ。このタイトルは半分ネタバレと言ってもいいものだが、これは、ミステリー仕立てのものが大部分であるジャッロというジャンルにおいて、「謎」はたいてい口実にすぎないことを雄弁に物語っている。ここでも、物語は、繰り返される残酷な殺人方法(その意味は最後にわかるのだが)をスタイリッシュに見せるためのアリバイにすぎない。

ただ一方で、このドイツ=イタリア合作映画は、60年代にドイツで量産された一群のエドガー・ウォレス*1原作映画("krimi" film)の流れのなかでも理解しなければならないだろう。ロンドンを舞台にした連続殺人というのも、この "krimi" ジャンルの特徴でもあるのだ。この映画は、"krimi" の最後の作品の一つであると同時に、ジャッロ映画の一つでもあるということである。

映画の鍵を握る女性ソランジェは結局ほとんどセリフ一言もしゃべらないのだが、これは、彼女を演じる女優カミーユキートンが、あのバスター・キートンの孫娘であるという事実と関係があるのだろうか(この映画はカミーユの映画デビュー作だった)。

この映画について調べているときに、ニコラス・ウィンディング・レフンがこの映画をリメイクしようとしていることを知って驚いた。ひょっとすると、オリジナル以上に面白い映画になるかもしれない。


アルド・ラド『彼女が死ぬのを見たのはだれか?』(Chi l'ha vista morire?, 72) ★½


この映画にも、「死んでいるのは誰?」という意味不明の邦題がついている。

アルプスの雪山での殺人シーンに始まった映画の舞台は、すぐにヴェネチアに移る。幼い娘を殺された父親が、犯人を探し求めて迷路のようなヴェネチアの街をさまようという物語は、ニコラス・ローグの『赤い影』をどうしても思い出させる。ヴェネチアの街はロマンチックな恋愛映画だけでなく、こういうミステリアスな物語にもいかにもふさわしい。この映画も、「誰も彼もが舞台を横切るように通り過ぎる」(ゲオルク・ジンメル)この街が持つ仮面の魅力によって大いに助けられているといっていいだろう。

ジャッロ映画にしては珍しく、残酷シーンをあまり見せないことに徹しているところが特徴だ。黒いヴェールをかぶった殺人鬼が犠牲者に迫る場面で繰り返し使われる主観ショットと、エンニオ・モリコーネの不安を煽る音楽がなかなか効果的に使われている。これも非常に評価の高いジャッロ映画ではあるが、いささか平凡な作品に思えた。ただ、物語がいささか入り組みすぎていて、容疑者の数も多すぎ、その上、英語字幕で見ていたせいもあって、途中で物語を若干見失ってしまっていたために、ちょっと楽しめなかったところはある。機会があれば、もう一度ちゃんと見直してみたい。

ちなみに、監督のアルド・ラドはベルトルッチの『暗殺の森』の助監督を務めたこともある人物である。


日本版 DVD


エルネスト・ガスタルディ、ヴィットリオ・サレルノ『リビドー』(Libido, 65) ★★

リビドーという原題、冒頭に掲げられるフロイトの言葉、主人公にトラウマを残すことになる少年時代の原光景(ベッドに縛り付けられた母親が父親によって殺される現場)……。しかし、この通俗フロイト主義とでも呼ぶべきものは、実のところ、巧妙にしかけられた物語の罠の一つでしかない。映画は、主人公が、トラウマとなっている光景の現場である少年時代の家に帰ってくるところから始まる。そこから奇妙な出来事が次々と起き始めるという物語は、まあ、ありがちなものと言っていい。舞台となる一軒家の撮り方もいささか凡庸ではあるが(鏡の間もあまり効果的に活用されていない)、あれこれ予想していた展開を次々と裏切ってゆくストーリー展開は、なかなか楽しませてくれる。


*1:エドガー・ウォレスは『キング・コング』の原作者として名高いが、SF小説ではほとんど成功していなかった。『キング・コング』はこのジャンルでの唯一の成功例といっていいのだが、ウォレスは映画の製作途中に病に倒れ、完成作品を見ることはなかった。