明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。































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神戸映画資料館でわたしが行っている「連続講座:20世紀傑作映画 再(発)見」の詳細が決まりました。

「連続講座:20世紀傑作映画 再(発)見
第8回 パプストとブルックス──『パンドラの箱』を読み解く」
2019年12月22日(日)
詳細はここで。
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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

アルド・ラド『ガラス人形たちの短い夜』

アルド・ラド『ガラス人形たちの短い夜』(La corta notte delle bambole di vetro, 71) ★★½


そんなにたくさん見ているわけではないが、これはジャッロ映画のなかでもかなりの変わり種の一つではないだろうか。なにせ主人公は最初から最後までずっと死んだままなのだから。いや、死んだままというのは嘘で、本当は死んだと思われたままというのが正確なのだが。

映画は、主人公(ジャン・ソレル)が道端の植え込みのなかで死んだ状態で発見されるところから始まる。だが実は、彼は死んではいなくて、全身が麻痺して動けない仮死状態だっただけなのだが、病院の医師はそれに気づかず、彼は死んだものとみなされて死体安置室に寝かされてしまう。一体なぜこんなことになってしまったのか。主人公は死体袋のなかで必死に思い出そうとする。ジャーナリストである彼は、恋人とプラハに来ていたのだが、ある上流社会のパーティに出た直後にその恋人が行方不明になってしまったのだった。彼女の足跡をたどって調べ回っているうちに、彼は知ってはならない恐るべき真実に近づきすぎてしまう。一方、主人公が仮死状態で動けないままこうして記憶を辿っているあいだも、彼の友人の医師はなんとか彼を蘇生させようと試みるのだが、うまく行かない。このままでは、彼はすぐにも生きたまま解剖されてしまうことになる……。

71年だから、ソヴィエト侵攻後のプラハが舞台である。同時に、当時のイタリアは、不安と混乱と暴力の時代がまさに始まろうとしていたそんな頃だったはずだ。主人公は、政界・財界の大物たちを巻き込んだ恐るべき秘密(例によって、セックスに関わる秘密)に近づきすぎたために、文字通り生きたまま葬られてしまう。ここには当然ながらなにがしかの政治的なメッセージが込められていると考えていいだろう。さらには、プラハという場所は当然、カフカを思い出させるし、物語はつい「カフカ的」と呼びたくなるような迷宮めいた展開をしてゆく(実際、回想シーンの中にはほんの一瞬、主人公と恋人がカフカの生家のある通りを歩くシーンが出てきたはずである)。

映画の語り口はいささかまどろっこしい気もするが、ラストシーンは強烈で、子供の頃見たならばトラウマになっていたこと間違いなし。