明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

フィル・カールソン『ギャングを狙う男』

フィル・カールソン『ギャングを狙う男』(99 River Street) ★★★

ボクシングの試合のシーンから始まる映画は少なくない。これもそんな映画の一つだ。

リングの上で二人のボクサーが激しいパンチの応酬をしあっている。パンチが入るたびに興奮してまくしたてる実況アナウンサー。やがて、一方のボクサーが片目を負傷し、闘いは終わる。ここまで、てっきりこれは、今まさに行われている試合を映し出した場面だと思って見ていたのだが、聞こえてくるナレーションから、これはとっくに終わってしまった試合をリプレイしたものに過ぎないことに不意に気づく。これは「往年の名試合」といったたぐいのTV番組の一場面だったのだ。事実、カメラが後ろに引くと、いままで見てきたシーンが実はテレビのブラウン管のなかの映像であったことがわかる。

目にしている光景が表に現れた意味とは別の意味を隠している。このオープニングは象徴的だ。騙し、裏切り、盲目、これらがこの映画に通底するテーマとなっていくだろう。

ソファに座ってこのテレビ番組を熱心に、というよりも取り憑かれたようにに見ている一人の男がいる。この男こそは、今見てきた試合のなかで片目を負傷して敗北した男である。彼は目の負傷が原因でボクサー生命を絶たれ、いまではしがないタクシーの運転手をしている(彼が目を負傷していることは、この映画のテーマを考えると実に意味深長だ)。しかし、彼は過去の栄光を今でも忘れることができずにいる。彼の強欲な妻は、チャンピオンになる男と思って結婚したのに思惑が外れ、未練たらしい今の男の姿にイライラするばかりだ。実は、彼女は別の男と不倫している。その男はギャングで、二人はダイヤの強奪を企んでいる。しかしことはうまく運ばないだろう。

さて、元ボクサーのタクシー運転手が、妻の不倫現場を目撃してしまった瞬間から物語は大きく動き始める。彼にとっての悪夢の夜の始まりである。カッとするとなにをしでかすかわからない彼は、妻とその不倫相手に対して殺意に近い憎悪の念をたぎらせる。まさにその時、彼の知り合いの別の女性が血相を変えて彼のところにやってくる。今は相手をしている時間がないという彼に女は、「人を殺してしまった。助けてほしい」というのだ……。

何という思わぬ展開。しかし、これも、表向きの意味とは別の意味を隠していることがやがてわかるだろう。しかし、まだ見ていない人のためにあまり多くのことは語るまい。実によくできた物語で、観客はグイグイと物語に引きずり込まれていくのは間違いないとだけ言っておく。


こういう犯罪物を取らせたらハズレ無しのフィル・カールソン作品の中でも、『無警察地帯』などと並んで最高傑作の一本と言ってもいい必見の傑作である。唯一の不満は、『幻の女』のエラ・レインズのように、あるいは『裏窓』のグレース・ケリーのように、男の無実を証明しようと時に危ない橋まで渡ってみせる女優の卵リンダ役のイヴリン・キースだ。彼女としてはベスト・ワークの一つであろうが、個人的にはどうにも好きになれない女優で、これが別の女優だったら最高だったのにと少し残念に思う。