明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。










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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ジョージ・キューカー『わが息子、エドワード』ほか

ジョージ・キューカー『わが息子、エドワード』(Edward, my son, 1949) ★★★

デヴィッド・ロバート・ミッチェルアンダー・ザ・シルバーレイク』(Under the Silverlake) ★★½

ヴァレリー・ドンゼッリ『禁断のエチュード マルグリットとジュリアン』(Marguerite et Julien, 2015) ★★

ジョージ・キューカー『Her Cardboard Lover』(1942) ★★

クリスチャン=ジャック『幽霊』(Un revenant, 1946) ★½



ジョージ・キューカーはいまだに未知の作家であると言っていい。彼には批評家からもなかば無視されている傑作がまだまだ山ほどある。『The Marrying Kind』『女の顔』『チャップマン報告』などなど。そして、この『息子、エドワード』もそんな傑作の一つであると私は思う。もっとも、一般には、この作品もほとんど評価されておらず、あるフランスの映画本には「おそらくキューカーが撮った最もできの悪い作品」とさえ書かれている。キューカーにはよくあることだが、冒頭の数分を見ただけで、これも戯曲が元になっていることはすぐに分かるだろう。しかし、それはこの作品が映画的でないことをいささかも意味しない(キューカーにおける演劇と映画の関係については一度じっくりと考えてみたいと思っている)。スペンサー・トレイシーとデボラ・カーの間に息子エドワードが誕生するところから映画は始まり、夫婦の関係が次第に険悪となってゆくさまを映画は描いてゆくのだが、常に話題の中心にいる息子エドワード(しかも作品のタイトルでもある)が、最初の赤ん坊時代を除くと、ついに最後まで一度として画面に登場しないというのが斬新だ(『女たち』における男=夫たちの存在を思い出させる演出)。しかし、これもおそらくもとの戯曲のとおりなのだろう。『激怒』の主人公役を少し思い出させるこの映画のスペンサー・トレイシーは、なにかに取り憑かれたように生きている男を演じていて、相変わらず素晴らしい。ただ、妻役のデボラ・カーの髪が白くなってからの老けメイクはいささか浮いていて、彼女の演技も後半ちょっとわざとらしさが目立つ。

同じくキューカーの『Her Cardboard Lover』は、『わが息子、エドワード』とは対照的な軽い恋愛コメディーなのだが、面白いというよりは滑稽と呼ぶべき作品で、正直、あまり野心の感じられないいささか平凡な内容に思えた。とはいえ、そこはさすがにキューカー作品だけあって、注目すべき点は少なくない。たとえば、偽の恋人 (cardborad lover) であるロバート・テイラーを部屋から追い出したノーマ・シアラーが、ベッドの上からすぐさまジョージ・サンダースに長電話する(実は電話に出ていたのは声色を変えていたロバート・テイラーだったことが後で分かるのだが)様子を長回しで捉え続ける場面などは、ロッセリーニの「人間の声」(『アモーレ』第1話)を少し思い出させさえする。これも戯曲が原作であるだろうことは映画を見ているうちに察しがついた。後で調べてみたら、同じ原作がサイレント時代にロバート・Z・レオナード監督によって一度映画化されていた(こちらのほうが IMDb での評価は圧倒的に高い)。ちなみに、この映画はノーマ・シアラーが最後に出演した作品でもある(1983年に死去するまで、映画界からは完全に引退していたようだ)。


アンダー・ザ・シルバーレイク』については、ネタバレになりそうなのであまり語らないでおく。前半に関しては、この監督の最高傑作ではないかと思いながら見ていたのだが、後半、話があまりにも荒唐無稽になっていく割には、期待したほど遠い場所にまで連れて行ってくれず、案外平凡な着地点にたどり着いたので、正直、少しがっかりした。とはいえ、数々の映画ネタは、映画好きであればあるほど、楽しませてくれるに違いない。すでに多くの熱狂的なファンを集めている作品であるし、まだご覧になっていない方は是非今からでも劇場に見に行っていただきたい。


『禁断のエチュード マルグリットとジュリアン』は、17世紀に近親相姦と姦通のために処刑された貴族階級の兄妹、ラヴァレ家のジュリアンとマルグリットを描いた映画である。1970年代にジャン・グリュオ―がフランソワ・トリュフォーのために書いた脚本が元になっている。どこのレビューサイトでも軒並み低い点数が付けられているが、そんなに悪い映画だとは思わなかった。孤児院の保母(?)を始め、複数の語り手を登場させているのは、このドラマをおとぎ話のような神話的次元に高めるためかもしれないが、完全に成功しているとは言えない。ともあれ、このような野心的な試みがところどころに見られるのも注目だ(物語のベースになっているのは17世紀に実際に起きた事件だが、映画はファーストカットからヘリコプターが画面を横切る、現代の物語として脚色してある。あえて時代を錯誤させるような作り方がされているのも、この語りの試みと無縁ではあるまい)。逃避行の末についに兄妹は当局によって捉えられ、死刑を宣告される。ふたりが背中合わせの状態で馬に乗せられて処刑場へと連れて行かれる場面を見て、ああ、この監督は溝口の『近松物語』がやりたかったのだなと納得した。


『幽霊』は、ロマネスクな物語といかにもフランス的なセリフの応酬、ルイ・ジューヴェ、ジャン・ブロシャール、ルイ・セニェなどの名演技で見せる、フランス映画の典型的な「古典的名作」。フランスのオールド・ファンにはやたら評価の高い作品である。いささか古めかしくはあるが、今見てもそれなりに楽しめる。