オルドリッチ・リプスキー『アデラ/ニック・カーター、プラハの対決』(Adéla jeste nevecerela, 78) ★★
『カルパテ城の秘密』で知られるチェコの映画監督オルドリッチ・リプスキーが撮ったコミカルな探偵活劇、というかそのパロディ。
ニューヨークのビルの高層階にある探偵ニック・カーターの事務所の窓や正面のドアから、悪人たちが彼を殺そうと次々と襲ってくるのだが、ニックはのんびりと新聞を読みながら机の足元のレバーを操作して、振り向きさえせずに相手を撃退する。そんないかにも漫画チックなシーンで映画ははじまる。最初の刺客が使う凶器は、マンガでしか見たことのないような、球形をしていて短い導火線がついている爆弾だ。実際、彼はマンガにもなっているくらい有名な探偵という設定なのである(映画のなかに、かれが主人公の漫画が何度も登場する)。
ニューヨークといっても、出てくるのは実際のニューヨークではなく、書割に書かれた風景が窓からぼんやりと見えるだけのセットにすぎない。もっとも、ニューヨークが出てくるのは冒頭の部分だけであり、この直後、ニックは謎の失踪事件についての調査を依頼されてプラハに飛び、舞台はすぐさまチェコへと移り変わる。現地に到着して初めて、彼は失踪したのが人間ではなく、犬であることを知るのだが、そんなことにはめげずに調査をすすめるうちに、この事件には、肉食の不気味な植物が関わっていることを突き止める。プラハでコンビを組むことになった、ちょっとマヌケな太っちょの警部(だがいざという時には頼りになる、ワトソン的存在)と共に謎の植物の行方を追ううちに、ニックは事件の背後に、かつて自分が追い詰め、すでに死亡しているはずの悪名高い犯罪者の存在を感じはじめる……。
こんなふうに、物語自体もデタラメ極まるものだ。ロジャー・コーマンの『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』とシャーロック・ホームズをかけ合わせたような作品とでも言えばいいか。ニックが葉巻型の小型爆弾といった小道具を使うところや、あるいは、敵の手下たちが毎回変装してニックたちの前に現れるところなどは、『007 死ぬのは奴らだ』のようなたぐいのスパイ映画を思い出させもする。しかし、最後に変な装置を装着して空まで飛ぶニックは、ホームズでも007でもなく、ガジェット警部に近いかもしれない。
食人植物を描く際に使われるクレイアニメなど、見所はたくさんあり、あの手この手で楽しませてくれる映画ではある。正直、これがアメリカ映画だったならば、こんな映画もあるよね、で話は終わっているところだと思うが、チェコでこういう映画が撮られていたことはなかなかに興味深い。ドイツ映画における西部劇の存在など、東ヨーロッパ映画、というか東ヨーロッパ文化においてアメリカの大衆文化がどのように受容されてきたかというのは、まだまだ研究の余地のある部分だろう。もっとも、この映画には、クレショフの『ボルシェヴィキ国におけるウエスト氏の冒険』には申し訳程度には存在していた、資本主義国アメリカに対する批判的眼差しは微塵も感じられない。
"Dinner for Adele" という謎めいた英語タイトルについてはあえて説明しないでおこう(まあ、だいたい想像はつくと思うが)。