明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

チェン・チャンホー『キング・ボクサー/大逆転』

チェン・チャンホー『キング・ボクサー/大逆転』(King Boxer/Five fingers of Death, 1972) ★★½



タイトルだけ見るとボクシングの映画のように思えるが、ボクシングとはまったく関係ない。カンフー映画である。

カンフー映画とふつう呼ばれているアクション映画のルーツは1930年代ごろにまでさかのぼる。その頃から武術を描いた映画は存在していた(むろん、60年代70年代のカンフー映画は、日本映画を始めいろいろな要素が入り込んできていて、全然別のものになっていたはずだが)。しかし、それが世界的に知られるようになるのは、ようやく1970年代に入ってからのことだった。このショー・ブラザーズ製作作品は、ブルース・リーの『ドラゴン怒りの鉄拳』(こちらはゴールデン・ハーヴェスト製作)と並んで、アメリカで最初に公開されたカンフー映画であり、アメリカの観客にカンフー映画の存在を知らしめた作品として認知されている。決して出来の悪い映画ではないが、そういう意味では、作品自体の出来というよりも、カンフー映画の歴史においてそれが果たした役割において、重要な一本であるといえる。

さらなる武術の高みを目指して田舎の道場を後にし、都の道場に入門する主人公。その道場とライバル関係にあるもうひとつの道場の師範と弟子たちの悪役ぶり。やがて開かれる武術大会が近づくにつれ、次第に悪質になってゆくライバル道場の嫌がらせ。一子相伝の秘拳を伝授される主人公。ライバル道場の卑劣な襲撃によって拳を砕かれ、再起不能になってしまったかと思われた主人公の、奇跡の復活。

ここに描かれる物語は、ほとんど紋切り型の連続でできていて、漫画チックであるとさえいえる。しかし、それは決して映画をつまらなくしていない。むしろその逆である。いい意味で、B級映画のよさが詰まったアクション映画だ。

この映画でもやはり、ライバル道場の用心棒役で日本人の武術家が登場するのだが、あいもかわらず、卑劣で、情け容赦ない、極悪人として描かれている。この時代のカンフー映画が日本から多くの影響を受けていることを考えるとなんとも複雑な気持ちにさせられるが、国どうしの歴史を考えると仕方がないのだろう。チャン・チェも自分の映画の時代背景を設定するに際して、日本の明治時代を参考にしたと言いつつ、映画のなかでは日本人を極悪人として描いていた。この頃の香港製カンフー映画は、日本で公開されることなど基本的に前提として作られていない。だから、『ドラゴン怒りの鉄拳』も、日本で初公開されたときには、日本人の反感を買いそうなセリフやシーンはカッとされて上映された。『ドラゴン怒りの鉄拳』のノーカット・ヴァージョンが公開されるのは2001年になってからである。

あと、最初に見た時びっくりしたのが、要所要所でクインシー・ジョーンズの "Ironside" が効果音楽として使われていること。言わずと知れた「警部アイアンサンド」のテーマ曲である。タランティーノの『キル・ビル』や「ダウンタウンDX」でも使われているから、曲名を聞いてもピンとこない人でも聴けばわかるはず(というより、タランティーノはこの香港映画へのオマージュとしてあの曲を使ったのだろう)。