明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ジョゼフ・ロージー『The Gypsy and the Gentleman』

べつに忙しかったわけではないのだが、なんだか何もやる気が起きず、すっかりブログの方もご無沙汰している。そろそろ更新しようと思う。しかし、長いものはかけそうにないので、まずは短い記事から。

ジョゼフ・ロージー『The Gypsy and the Gentleman』(58) ★½


ジョゼフ・ロージーが赤狩りに追われて亡命先のイギリスで撮った時代物。

ロージーという監督はときどき、なぜこんなものを撮ったのだろうという映画を撮って我々を悩ませる。これもそんな1本だ。そんなに出来が悪い映画ではない。ただ、あまりロージーらしくないのだ。


19世紀、摂政時代のイギリスが舞台。ロージーが20世紀以前の時代に設定された物語を撮るのはたぶんこれが初めてであり、それ以後も、『恋』や、音楽劇『ドン・ジョヴァンニ』など、ほんの数えるほどしか撮っていない。その点では、重要な作品である。ロージーは、摂政時代の風俗を描くことに意欲的だったというが、プロデューサーとの対立から、完成前に作品から手を引くことになる(メルクーリを監視しに(?)いつもセットにやってくるジュールス・ダッシンも目障りだったらしい)。彼のインタビューの言葉には、もっといい映画になっていたはずなのにという無念さがにじみ出ている。


自堕落な生活を送る貴族ポールは、たまたま知り合ったジプシーの女(メリナ・メルクーリ)を下女として屋敷に住まわせる。ジプシー女は、ポールの財産欲しさに、彼を誘惑し、とうとう思惑通りに結婚して屋敷の女主人におさまる。しかし、実は、男は破産寸前で、何もかもが抵当に入っているのだった。そんなとき、男の妹に遺産が転がり込む。ジプシー女は妹をだまして、遺産を手に入れようとし、情夫と共謀して、妹を屋敷近くの塔に閉じ込めさえする。ポールは、ジプシー女には愛人がいて、自分の財産にしか興味がなく、あまっさえ妹の命まで危険にさらそうとしていることを知っても、自堕落な生活を変えることができず、ジプシー女とともに文字通り堕ちてゆく……。

階級も生活環境も違うストレンジャーが家のなかに入り込み、時には主従の関係を逆転させさえして、家庭を崩壊させてゆくというのは、ロージーが何度も繰り返し描いてきた物語であり、そういう意味では、これはいかにもロージー的な物語である。なのにここには、ロージーの失敗作にさえ強烈に感じられるロージー的な〈嫌らしさ〉のようなものが希薄で、全然ロージーらしくない。むしろ、クライテリオンから DVD-BOX が出ているゲインズボロー・ピクチャーズ製作の『The Wicked Lady』などの一連の時代物メロドラマとの親近性を感じさせる作品である。ラオール・ウォルシュがもしこれを映画化していたなら、きっとすばらしい映画になっていたに違いないとも思う。


馬車とともに川に落ちたポールが、必死で這い上がろうとするジプシー女の口をキスでふさぎながら水中へと引きずり込んでゆくラストが印象深い。