明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。





























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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ジャン=ピエール・モッキー『あほうどり』

ジャン=ピエール・モッキー『あほうどり』(L'albatros, 1971)

 

先日、惜しくもこの世を去ったジャン=ピエール・モッキー監督が、比較的初期に、『Solo』に続けてその流れで撮った作品で、『Solo』同様、主演も兼ねている。モッキー本領発揮の傑作である。

 

警官殺しの罪(といっても、暴行してきた警官に対する正当防衛を認められなかっただけの不当な処罰だったのだが)で投獄されていた男(モッキーが演じている)が脱獄し、夜陰にまぎれて壁伝いに走っているところから映画は始まる。その壁には、間近に迫った選挙の候補者のポスターが貼られている。男は追っ手から身を隠していた時にたまたま出会った女を誘拐して、彼女を人質に逃亡を続ける。その女が選挙に出馬している政治家の一人の娘だったという展開はいささかありがちなもので、ヒッチコックの『第三逃亡者』のような作品を思い出させもするのだが、モッキーはこの二人の間にいかなる恋愛も成立させていないところが面白い。

 

この誘拐をきっかけに、選挙戦に出馬している娘の父親(自由な社会の実現を謳っている)と、彼と対立している立候補者(産業化を進めて裕福な社会を作ると約束している)ーー実は、右も左もどちらも腐りきってることがやがてわかってくるのだが――この二人の政治家の醜い政治ゲームが始まり、加熱してゆく。冒頭から、物語をいきなり乱暴に政治的文脈へと結びつけるこの性急さがいかにもモッキーらしい。ただ単に政治家を登場させましたという感じではなく、まさにこの作品が撮られた当時のフランスの社会をすくい取っているという生々しさが、この作品に限らずモッキーの作品にはある(それは同時に、彼の映画をフランス国外の観客には分かりづらいものにしてしまってもいるのだが)。権力に抵抗しただけで犯罪者扱いされ、追い詰められて自暴自棄になってゆく主人公の怒りは、モッキー自身の怒りでもあろう。それがこの作品に通底するエネルギーになっていて、見るものの胸を打つ(この映画が撮られた時、68年はそんなに遠い記憶ではなかった)。

 

女の方が次第に男に惹かれてゆく一方で、男は最後まで別の女(パーティで一瞬見かけただけの名も知らぬ娘)との恋愛を夢見つづける。ようやく国境までたどり着いた時、人質の女は男の逃走を助けるために自ら囮になって捕まる。そのまま国境を超えることも出来たのに、男は、愛してもいないこの女を助けに、弁護士を装って刑務所に乗り込んでゆく。しかし、首尾よく女を救い出し、一緒に刑務所の壁の上を逃げているところで、男は周りを取り囲まれてしまう。ここからの展開が唖然とさせる。ガラス張りの監視台の中で、二人は全裸になって、衆人環視の中でセックスをするのである。女にとっては、それは愛の行為だったのかもしれないが、男にとってはそれもまた社会への、権力への抗議であり、挑戦でしかなかったのだろう。この男女の意識のズレがなんとも物悲しい。

 

直後に男は射殺され、女も巻き添えになってそれぞれ壁をはさんで別々に落下して息絶える。壁に滴った血が、選挙戦のポスターの顔写真を赤く染めるショットで映画は終わっている。「あほうどり」というタイトルは、おそらく、地上に落ちて力なくもがくこの鳥を歌ったボードレールの同名の詩から取られたものだろう。アホウドリは大空を自由に羽ばたくことができず、落下して地上で息絶えるのである。

 

刑務所のシーンと、男女の逃避行という物語から、フリッツ・ラングの『暗黒街の弾痕』を思い出す観客も少なくないだろう*1。逃走する男女の間にロマンチックな恋愛が最後まで成立しないところが救いのないところだが、それでも非常にロマンティックな印象を与える作品ではある。

 

モッキー作品の中では例外的に終始一貫してシリアスな映画であり、私が見た中では最高傑作の一つといってもいいかもしれない。必見。

 

*1:女の役は、最初、ジェーン・フォンダがやることになっていたそうだが、モッキーはラング作品との血縁関係をひょっとして意識していたのか。しかしながら、ジェーン・フォンダが、名目上はドラッグの密輸ということになっているが、実際はおそらくベトナム反戦活動を理由に逮捕されてしまったので、彼女の役はマリオン・ゲームが演じることになった。