明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。





























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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ロバート・モンゴメリー『Ride the Pink Horse』

ロバート・モンゴメリー『桃色の馬に乗れ』(Ride the Pink Horse, 47)

★★½



『湖中の女』で監督デビューした俳優ロバート・モンゴメリーが、同じ年に続けて撮ったフィルム・ノワールの傑作。日本では残念ながら未公開であるが、フィルム・ノワールのファンのあいだではかなり有名な作品である。全編一人称キャメラで撮られた『湖中の女』とくらべるといささかインパクトに欠けるかもしれないけれど、作品の出来はこちらのほうが断然いい。


映画は、主人公(監督ロバート・モンゴメリーが自ら演じている)がメキシコの田舎町にバスで到着するところから始まる。

バスを降りたモンゴメリーは、いかにもよそ者の雰囲気を漂わせながら、バスターミナルの建物の中に入ってゆき、奥のベンチに座ると、鞄から銃を取り出してこっそり懐に入れる。立ち上がって近くのコインロッカーの中になにかの紙切れを置いて鍵を閉め、傍らの自動販売機でチューインガムを買う。噛んだガムを口から取り出して、ロッカーの鍵をその中に包むと、壁に掛かっている大きな案内地図の前に立ち、人目を気にしながら、地図と壁の隙間にガムを貼り付ける。そして、建物から外に出ると、近くにいただれかにホテルの場所を尋ねる……。

バスを降りる瞬間から、キャメラモンゴメリーを背中越しに追いはじめ、彼が一連の動作を終えて建物から出てくるまでを、ワン・ショットの長回しで一息で捉えてみせる(撮影はラッセル・メティ)。たしか『市民ケーン』に触れてだったと思うが、一人称キャメラを使うよりも、人物を背中越しで追っていくほうが、登場人物の生きている世界に観客を引き込むことができると、トリュフォーがどこかに書いていた気がする。これはまるで、『湖中の女』と『Ride the Pink Horse』の冒頭のショットを比べて語った言葉のようではないか。『湖中の女』のこれ見よがしの実験性こそないが、この映画にはこの冒頭の長回しのようなさりげなくも効果的な力業が随所に見られ、モンゴメリー映画作家としての野心を感じさせる作品になっている。




しかし、この男はいったい何者なのだろう。映画が進むにつれ、どうやら彼は親友を殺されたのであり、この町に来たのも、その犯人に会うためらしいということが分かってくる。目的は復讐なのか。最初はそう思えたのだが、実は、男がこの町に来たのはそんな正義感に突き動かされてのことではなく、この町の有力者であるその犯人を強請って金を取るためだった……。

ちんけな悪党が儚い夢を見て、自分の手には負えないことに手を出してしまい、結果、自滅していく様を、この映画は、メキシコのエキゾチックな風景の中に実に見事に描き出してゆく(フィルム・ノワールにおけるエキゾティシズムという点で、『国境事件』黒い罠』『クリムゾン・キモノ』『東京暗黒街・竹の家』等々の作品との比較も可能だろう)。

死者の日の祭りで町が盛り上がる中、瀕死の重傷を負った主人公は、回るメリー・ゴー・ラウンドの馬の陰に身を潜める。メリー・ゴー・ラウンドは無論、フィルム・ノワール的な宿命の象徴といっていいだろう。ぐるぐると回っているだけで、決して目的にたどり着けない主人公の姿を、それは陳腐なまでに見事に表している(ちなみに、「ピンクの馬に乗れ」といういささか風変わりなタイトルの「馬」とは、作中に出てくるこのメリー・ゴー・ラウンドの馬のこと)。しかし、意識が朦朧となった主人公が記憶をなくし、追われていることも忘れて、自分を殺しかけた相手のところにまたのこのこと出かけていく場面には本当に驚いた。彼は文字通り、まったく同じことを反復してしまうのである。

主人公の顔を一目見て、まるで夢の中で知っているだれかに出会ったかのように驚き、以後、ずっと彼につきまとうちょっと頭の足りないジプシー娘(ワンダ・ヘンドリックス)の存在も重要で、彼女はなぜか、彼がもうすぐ死ぬ運命にあると思っているのだが、それは見知らぬ男に一目惚れした思春期の娘のただの気まぐれだったのかもしれない。『夜は千の眼を持つ』ほどファンタジーのほうに振り切れてはいないが、彼女の存在はこの映画にほんの少しだけ幻想的な要素を付け加えている。いずれにせよ、彼女の存在が結果的に彼を救うことになるのである。


戦後まもなくに撮られたこの作品で、ロバート・モンゴメリー演じる主人公は戦場から帰ってきたばかりの復員兵という設定になっている。彼がへんぴなメキシコの町までやってきて、犯罪に関わってゆくことになるのも、かつての戦友を殺されたことがきっかけだった。この映画は、ドミトリクの『影を追う男』ジョージ・マーシャル『青い戦慄』、ジョン・クロムウェル『大いなる別れ』(いずれも復員兵を主人公にした作品)などと並んで、戦後の幻滅がアメリカ社会に向けての敵意へと姿を変えていくというテーマを描いたフィルム・ノワールの代表的な作品の1つとして、しばしば言及される。


原作のドロシー・B・ヒューズは、ニコラス・レイの『孤独な場所で』の原案者でもある。読んではいないが、原作の結末はこの映画よりもずっと救いのないものになっているらしい。

ドン・シーゲルの『犯罪組織(シンジケート)』は実はこの映画のリメイク、というか、同じ原作を映画化した作品である。大昔に一度見たきりだが、シーゲルが監督しているだけあってずっとアクションの要素が強い作品になっていたはずである。いずれにせよ、全編にリリシズムあふれるこの映画とはまったく別物になっていたと思う。