アンドレ・ド・トス『The Other Love』(1947) ★★
どちらかというと西部劇や犯罪映画、アクションものなどを得意とするアンドレ・ド・トスが撮ったメロドラマ。
病名は明らかにされていないが結核としか思えない病に冒された世界的なピアニスト(バーバラ・スタンウィック)が、スイスの療養所に治療にやってくる。療養所の院長(デイヴィッド・ニーヴン)と彼女は直ちに惹かれあうが、自分の病気の深刻さを直視できない彼女には、酒もタバコも、ピアノさえも禁じる院長の厳格な治療方針はどうしても受け入れられない。そんなときに、たまたま当地に来ていたプレイボーイのカーレーサー(リチャード・コンテ)と出会って恋に落ちた彼女は、療養所を抜け出して男と派手に遊び暮らし始めるが、やがて身を持ち崩してゆく。そんな時彼女の病気が突然悪化し……。
一言で言うならば、スイスのサナトリウムを舞台にした難病ものの恋愛メロドラマであるこの映画をフィルム・ノワールと呼ぶのは無理があるだろう。しかし、この映画にはフイルム・ノワール的な雰囲気が不思議とあちこちに漂っている。バーバラ・スタンウィックの病室に届けられる謎の白い蘭や、彼女が真夜中に聞いたという奇妙な物音など、伏線としてはちゃんと回収されることのない、または最後まで曖昧なままにされる細部が、なんともいえない不吉な通奏低音を作品に響かせている。スタンウィックに近づいてくる隣の病室の女の扱いなど、脚本をほんの少しひねるだけで、この映画はフィルム・ノワールに易々と転じていたかもしれない。
「この療養所では死者たちが客(ゲスト)なのね」とスタンウィックは言う。たしかに、この療養所には死の影が漂っている。しかし、ド・トスはそれをフィルム・ノワールのように「影=黒(ノワール)」で描こうとはしない。療養所の病室の壁の白、スタンウィックが病室で着る白いドレス(病人が着る服としては派手すぎる)、死者の病室に別の死者から届けられる白い蘭(この映画のフランスでの公開題名は「白い蘭」である)というふうに、この映画では、フィルム・ノワールとは違って白こそが不吉な色なのである。フィルム・ノワールならぬフィルム・ブラン(フィルム・ホワイト)と、ある人はこの映画のことを呼んでいるが、これはそう的外れではないように思える。
ラスト、ようやく結ばれた二人のいるロッジを包み込むように雪が舞う。白で始まった映画は、白で終わる。そして、このときすでに、白さはそれまでとは全然別の意味をもたらされていることに誰もが気づくだろう。
正直言って、いささか鈍重なメロドラマではあるが、そうは割り切れない奇妙な魅力がある作品でもある。最近は、こういう作品まで次々とブルーレイ化されているのはなんとも心強い。
冒頭に現れる Anglo-Amalgamated Film Distributors という配給会社の名前、あんまり聞いたことがないなと思っていたのだが、たまたま続けて見たジョセフ・ロージーの『The Sleeping Tiger』が同じ会社のロゴで始まったのでびっくりした。IMDb で調べてみたところ、結構な数の作品を配給しているみたいなので、何度も目にしていたのに認知していなかっただけのようだ。ちなみに、『The Other Love』はこの会社が2本目に配給した作品になっている。
製作会社の Enterprise Productions というのも聞いたことがない名前だと思っていたのだが、これも IMDb で調べてみると、たしかに製作本数こそ10本にも満たないものの、ロバート・ロッセン『ボディ・アンド・ソウル』(47)、ルイス・マイルストン『凱旋門』(48)、エイブラハム・ポロンスキー『悪の力』(48)、マックス・オフュルス『魅せられて』(48)など、すごい作品が並んでいるので驚く。この会社はMGMの創設者であるマーカス・ロウの息子デイヴィッド・ロウとワーナーの元宣伝部長デイヴィッド・エインフィールドによって設立されたものらしいが、47年から48年にかけてのわずか2年でその活動を終えている。どうやら『凱旋門』にかけた膨大な製作費を回収できなかったために倒産してしまったらしい。『The Other Love』はこの会社が2本目に製作した作品であった。