明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

カーティス・バーンハート『高い壁』

主人公が目が覚めると傍らで妻が死んでいた……。

記憶喪失はフィルム・ノワールでしばしば描かれる主題の一つだが、ここではそれが、主人公の戦争で受けた脳障害と結びつけて語られる。精神病院の中で治療を受けるあいだにしだいに記憶を取り戻してゆく主人公。記憶として現れる主観映像は、真相の解明をただ曖昧に引き延ばすだけだ。

もっとも、勘のいいものには大方の展開と真犯人の予想は早い段階でつくだろう。しかし、それはどうでもいい。冒頭、暗い廊下をハーバート・マーシャルが足を引きずるようにして手前に向かって歩いてくる場面の不吉で、謎めいた雰囲気。渋いスタイルの中にも、MGM製フィルム・ノワールらしい豪華さが感じられる、雨の中のクライマックス。ここにはフィルム・ノワールフィルム・ノワールたらしめる魅力がいっぱい詰まっている。

カーティス・バーンハートは日本では決して高く評価されている監督とは言えないが、とりわけフィルム・ノワールのファンのあいだでは非常に有名な存在である。バーンハートは、ドイツに生まれたが、ナチス・ドイツを逃れてハリウッドに渡った。ラングやシオドマクと同じく、彼もまた、そのドイツ的な感性を通じてハリウッドのフィルム・ノワールを豊かにしたひとりであるといっていいだろう。

かれが撮った『追求』『失われた心』は、フィルム・ノワールの傑作がもっているオーラには欠けているかもしれないが、いずれ劣らぬ素晴らしい作品である。


『高い壁』の主役を演じているロバート・テイラーは、赤狩りの時代に不幸な運命を強いられたひとりだった。名高い親ソ映画『Song of Russia』に出演したために非米活動委員会に呼び出され、そこで彼は、『高い壁』の脚本家であるレスター・コールの名前を証言する。これは、彼のその後の人生に大きな汚点を残すことになるだろう。


『高い壁』は今度発売される『フィルム・ノワール ベスト・コレクション DVD-BOX Vol.4』に収録されている。同 BOX にはこの他に、ロバート・シオドマクの『容疑者』、アンドレ・ド・トスの『落とし穴』、『テンション』(ジョン・ベリー)、『危険な女』(ジョン・ブラーム)、『ダーク・シテイ』(ウィリアム・ディターレ)、『アンダーワールド・ストーリー』(サイ・エンドフィールド)、『ジョニー・オハラの真実』(ジョン・スタージェス)の8作品を収録。『危険な女』は回想シーンの中に回想シーンが入っている、変な構成の映画(だったと思う)。『容疑者』と『ダーク・シティ』は DVD で見ているはずなのだが、全然思い出せない。フィルム・ノワールの影の名作と言われているジョン・ベリーの『テンション』はとても見たい。