明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。




























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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ファスビンダー『あやつり糸の世界』

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー『Le monde sur le fil』(Welt am Draht)


テレビ向けに撮られた作品で、ファスビンダー唯一のSFといわれている。

巨大な記憶装置によって作り出される仮想現実の世界、《シミュラクロン》を開発した科学者が謎の死を遂げる。主人公である彼の後任の科学者の周りで、奇妙な出来事がつぎつぎと起きてゆく。彼の同僚が突然姿を消すが、誰も彼の存在を記憶していないし、コンピュータにも記録が残されていない。やがて彼は、自分も仮想現実の産物ではないかと考えるようになる……。


『あやつり糸の世界』はしばしば、『マトリックス』や『イグジステンズ』の先駆的作品であるといわれる。コンピュータとつながれたヘッドギアをかぶると仮想現実のなかへ入ってゆける設定になっているところなど、『攻殻機動隊』の世界観と通じる部分も多い。けれども、サイバーパンクSF的とでも呼べそうなそういう場面はほんの少し出てくるだけで、基本的にはB級SF的な雰囲気が漂っている作品だ。『マトリックス』よりは『アルファヴィル』のほうがずっとこの映画のテイストに近い。実をいうと、この映画にはエディ・コンスタンチーヌがほんの一瞬だけ登場する。ファスビンダーの映画にコンスタンチーヌが出るのはこれが初めてはないが、この映画での登場のさせ方はやはり『アルファヴィル』へのオマージュにしか見えない。

この映画はパリとベルリンの現代的なビルディングを使って撮影されたという。無機質なデコールが、どこでもない近未来都市を演出している。とくに印象に残るのは、鏡やガラスなど、透明・半透明の表面を多用した画面だ(もちろん、これはこの映画のテーマとも絡み合っている)。しかし、煙の立ちこめるナイトクラブで女性歌手が退廃的な歌を歌っていたり、ワグナーの『トリスタンとイゾルデ』がバックグラウンドで延々と流れていたりと、『リリー・マルレーン』の世界とたいして変わりない部分も多い(実は、歌手が歌っているのは「リリー・マルレーン」なのだ)。

実際、ファスビンダーはこの近未来世界を第三帝国の時代と重ね合わせていた節がある。《シミュラクロン》によって生殺与奪の権力さえ握っているテクノクラートたちに、ナチと同じ臭いをかぎ取っているように思えるのだ。ファスビンダーの映画はよく「作り物っぽい」とか「書き割りみたい」とかいわれるが、この映画が描くのは、まさに偽物の世界だ。そしてその偽物の世界と本物の世界が、やがてどちらがどちらとも区別できなくなっていく。そして大事なのは、それをどこかでコントロールしているものが一方にいて、それにコントロールされているものが他方にいるということだ(それがこの映画のタイトルの意味することである)。ファスビンダーがこの物語に政治的な寓意を見て取っていたことは間違いないだろう。


撮影は、ミヒャエル・バルハウス。いつものようによく動くキャメラで、超ローアングルの横移動や、テーブル、プール、家の周りをぐるりとまわりながらの移動撮影など、ときにアクロバティックな動きを見せる。ファスビンダーは、いつも画面の奥の方に、事態を傍観している(あるいは監視している)人物──最後まで名前さえわからない脇役だったりする──を立たせて、陰謀めいた雰囲気を巧みに作り上げている。


ファスビンダーが撮った西部劇『ホワイティ』は、いかにもファスビンダーらしい退屈な作品だった。これもそうではないかと思ったのだが、意外なぐらい見せ場が多く、退屈しない作品になっていて驚いた。今みるとチープな印象は否めないだろうが、ファスビンダーとしてはかなりの製作資金をもらって撮った映画のはずだ。車を水没させたり、小屋を爆発させたりと、いろいろやっている。ごくふつうのSFファンにも十分楽しめる映画ではないだろうか。

下写真は、今回フランスの Carlotta films から発売された DVD(わたしはこの DVD で見たわけではない)。Carlotta films というのは初耳だったが、ざっと調べてみたかぎりでは、吉田喜重の『戒厳令』やビクトル・エリセ『マルメロの陽光 』の DVD などを出している会社で、丁寧な DVD 作りも評判がいいようだ。まあ、大丈夫だろう。