明るい部屋:映画についての覚書

日々の映画鑑賞と研究の記録、最新DVD情報などなど。ときどき書評めいたことも。


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神戸映画資料館「連続講座 20世紀傑作映画再(発)見」第15回
国辱映画『チート』とサイレント時代の知られざるデミル
詳細はここで。

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評価の目安:

★★★★(大傑作、あるいは古典)
★★★(傑作、あるいは必見)
★★(見たほうがいい)
★(興味深い)

(基本的に、興味のない映画はここでは取り上げません。なので、ここで話題にしている時点で、それなりに見る価値はある作品であるといえます。)

ハリー・クメール『赤い唇』『Malpertuis』


日本ではほとんど知られていないが、幻想映画の巨匠として海外ではかなり有名なベルギーの映画作家ハリー・クメール(Harry Kumel)の映画を2本。Kumel は「クーメル」と読む方が正解である気がするのだが、一般にはこういう表記になっているようだ。

『赤い唇』Les levres rouges (1971)

ベルギーの保養地オステンドにある海辺のホテルを舞台に繰りひろげられる吸血鬼物語。旅行でこの土地を訪れた新婚夫婦が、ミステリアスな伯爵夫人と出会ったことがきっかけで、奇妙で不気味な世界へと引き込まれてゆく。

伯爵夫人の名前がエリーザベト・バートリ( ボロヴツィクの『インモラル物語』にも登場する史上名高い連続殺人者で、吸血鬼伝説のモデル)であることをのぞくと、この映画に吸血鬼映画らしいところはほとんどない。「ドラキュラ」はもちろん、「吸血鬼」という言葉も出てこないし、血を吸う場面さえほとんどないのだ。しかし、この「エリーザベト・バートリ」という名前が出てくるだけでこの映画を吸血鬼映画に変えてしまうには十分である。

いや、そもそも、この映画の吸血鬼伝説は、怪しげな雰囲気を作り出し、繊細なエロティシズムを全編に漂わせるために利用されているだけといっていい。その中心にいる謎の伯爵夫人を演じるのは、『去年マリエンバードで』のデルフィーヌ・セイリグ。彼女は、優雅に身体をしなだれさせて女性を誘惑し、眉ひとつ動かさずに死体を谷底に突き落とす。そして最後は、串刺しにされて燃え上がるのだ。

ちなみに、最初、吸血鬼映画に出るのを渋っていたデルフィーヌ・セイリグを説得したのはアラン・レネだったという。

それから、日本版ウィキペディアの「レ・フィルム・デュ・キャロッス」には、このトリュフォーが創設した映画会社が『あこがれ』に続いて製作した第2作『Anna la bonne』がハリー・クメール監督作品になっているが、これはたぶんクロード・ジュトラの間違いだろう。


『Malpertuis』1971

原題の「マルペルトゥイス」は物語の舞台になっている館の名前。映画は、『不思議の国のアリス』を喚起する導入部ではじまる。テレンス・スタンプを思わせる美青年の水夫ヤンは、怪しげなキャバレーで気を失い、気がつくと奇妙な館の中にいる。館の主人のカサヴィウスは、ずっとベッドに寝たきりなのにもかかわらず、そこの住人たちすべてを支配しているらしい。カサヴィウスは死んでもなおこの館を支配しつづけ、住人たちはそこに囚われの身となりつづける。ヤンは館の謎をなんとか突き止めようとするのだが……。

ハリー・クメールの代表作であり、幻想映画史上名高い作品ではあるのだが、ファンタジーものが基本的に苦手なわたしには、このいかにも「幻想的な映画ですよ」という雰囲気に乗り切れず、『赤い唇』のほうがずっと好みだった。

それよりも面白いのは、館の主人カサヴィウスをオーソン・ウェルズが演じていることだ。といっても、この映画のウェルズは、ベッドにずっと寝たままで、ほとんど顔で演技しているだけである。その演技もちょっと芝居じみていて、良くも悪くも、その場の空気をひとりでかっさらっている。

しかし、『赤い唇』のデルフィーヌ・セイリグといい、この映画のウェルズといい、地味な内容の映画に華を与えてくれるスターをうまく持ってくるプロデューサーとしての勘のよさはなかなかのものだ。

ただ、ウェルズとの関係は、セイリグほどにはうまく行かなかったようだ。DVD の特典映像に入っていたメイキングを見ると、この最晩年の出演作でもウェルズはその傍若無人ぶりで皆を困らせていたようだ。撮影開始時にはウェルズを崇めたてまつっていたミシェル・ブーケが、最後にはウェルズを心から憎んでいたとか、キャストやスタッフがここぞとばかりにウェルズの悪口を言いまくっていて面白い。