日活ロマンポルノについては、小沼勝や曽根中生、こんなの撮ってたっけ? というのがどんどん DVD化されている。前々からいっているように、できれば TSUTAYA のアダルト・コーナーではない、ふつうのコーナーにおいて気軽にレンタルできるようにしてほしい。
『F.W.ムルナウ コレクション/クリティカル・エディション ファントム』
日本版が出てしまった。去年ぐらいに出た米版をそろそろ買おうかと思っていたところだったので、微妙なタイミングである。ムルナウのことだから、たぶん字幕は少ないだろうし、日本版を買うメリットはあまりなさそうだ。米版のほうが安いし、Amazon のデータでは米版のほうが上映時間が1分だけ長いのも気になる。米版はネガから復元したリストア・ヴァージョン。さらに、
DVD Features:
Available Subtitles: English
"Invitation to Phantom" featurette with UCLA Film Historian Janet Bergstrom
Extensive Cast and Crew bios
Special documents gallery
Booklet with essay by film restoration experts Luciano Berriatua and Camille Blot-Wellens
といった特典がついているが、日本版にどんな特典がつくのかは Amazon のサイトを見る限り不明だ。「クリティカル・エディション」となっているからには、なんらかの映像特典がついてくるのだろう(もっとも、わたしには DVD で最近よく使われる「クリティカル・エディション」という言葉の意味がいまだによくわからない)。まだ見ていないので、内容についてはコメントできないが、これはムルナウの映画だというだけで充分だろう。絶対見なければならないに決まっている。
ベラ・バラージュが『映画の理論』のなかで『ファントム』にふれて書いた一節を引用しておく。
ゲルハルト・ハウプトマンの小説にもとづいて作られた、このドイツ映画は『ファントム』という題をもっていた。この作品は客観的な現実を受け入れることを拒む、感じやすい幻想家の目で見た世界を描いたものだった。幻想、想像の産物、固定観念、被害妄想の幻影が、日常生活をふつうに写したその他のショットと同じ水準で示され、しかも空想が現実よりもよりリアルに見えるように描かれているので、空想と現実のけじめがなくなり、ついには現実もまた靄で包まれた幻影のように見えてきたものだ。
『ファントム』の印象主義的スタイルは非常に意識的であり、非常に徹底したものなので、全巻を通じて、事件の客観的、論理的な構造はまったく認められないほどだった。情緒的なショットが、酔っぱらった主人公の内部の目の前を、漂っていく波のように、何の関連もなく流れてゆき、スナップ・ショットが閃光のようにわれわれの目の前を掠め去る。ある巻の標題は『ゆらめく太陽』であった。その内容の意味を云い表すことは不可能だ。ぐらぐら揺れる家並みが、じっと立っている主人公の目の前を泳ぐように通りすぎる。目が廻るような高い階段が、彼の目の前にせり上がって来る。そしてそれは、足を少しも動かさないのに、ずっと下の方に沈んでゆく。ここでは、何が起こっているかはまったく問題ではない。重要なのは印象だけである。ダイヤのネックレスがショウ・ウィンドウのなかできらりと光る・・・花束のあとからひとつの顔がのぞく・・・一本の手がのびて、別の手を握る・・・だだっ広いホールの柱が酔ったようにぐらぐら揺れる・・・自動車のライトがパッとともり、そして消える・・・一挺の拳銃が地面に転がっている・・・うーん、めちゃくちゃ見たくなってくるね。